女性蔑視発言で辞任騒動、アニメ・CM放映の自粛。何のためのポリティカル・コレクトネスか?【仲正昌樹】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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女性蔑視発言で辞任騒動、アニメ・CM放映の自粛。何のためのポリティカル・コレクトネスか?【仲正昌樹】


こんどは女性蔑視発言で東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会のクリエイティヴ・ディレクターが辞任に追い込まれた。今年に入ってからは女性蔑視発言をきっかけとしたポリティカル・コレクトネス(PCまたはポリコレ)騒動が頻繁に起こっている。これはいったいどういうことか? PCは行き過ぎではないかという議論も巻き起こり始めている。そこで、各紙新聞書評でも高評の『人はなぜ「自由」から逃走するのか:エーリヒ・フロムとともに考える』の著者である哲学者・仲正昌樹氏に、この現状を分析してもらい、「一体、何のためのポリティカル・コレクトネスなのか?」について考察、解説してもらった。まずは「言葉」に脊髄反射する前に一読をおすすめしたい。


 

東京五輪・パラリンピックで開閉会式の演出を統括するクリエーティブディレクターが女性タレント渡辺直美さんの容姿を侮辱するような提案をしたとして辞任した。渡辺さんは「私自身はこの体形で幸せ」と語った。

■数多のアニメや映画は“PC的にアウト”な背景・状況設定のオンパレードではないか?

 

 2月半ばに『鬼滅の刃』のTVアニメの第2シーズンの年内放映が決まったと報道され、話題になった。原作の順番に従うと、遊郭篇なので、何か騒ぎが起こりそうだなと思っていたら、実際、「子供の教育に悪い」とか「女性蔑視ではないのか」といった声が上がり、「炎上」した。その後、この件ではさほどネガティヴな反応は多くなく、ネット・メディアが「炎上を演出した」だけなのではないか、との指摘がネット上であり、沈静化した感じになった。

 しかし、アニメや映画、オンラインゲームなど、ポピュラーなサブカルチャーの作品について、こうしたPC的な批判をすることの是非、実際に炎上が起こった場合、主宰者側がどう対応すべきかクリアになっていない。ということは、メディアやSNSのヘビー・ユーザーの反応次第で、ただの演出で終わるか、本当に公開見合わせや作品内容の変更に至るか、決まってしまうということだ。

 1月には、『サザエさん』のフネさんの「良妻賢母」発言が問題視されたばかりである。この件も大した“炎上”にはならなかったが、2014年に日テレの『明日、ママがいない』の主人公の渾名をめぐる問題は、BPOへの申し立て、全国児童養護施設協議会と全国里親会の抗議声明、スポンサー全社のCM提供自粛といった大きな問題に発展した。香取慎吾が「慎吾母」というキャラクターで登場するCMを展開している、ファミリーマートのプライベートブランド「お母さん食堂」に対しては、2020年の10月に三人の高校生がジェンダーに関する偏見を助長するとして改名を求める署名活動を開始し、高校生が運動の主体になっているということでマスコミが大きく取り上げている。

 3月半ばには、オリンピックの開会式での女性芸人を使った演出のやり方に関する――1年前の――ライン上のやりとりで、容姿を笑いにしようとする不適切な発言があったとして、大会組織委員会のクリエイティヴ・ディレクターが謝罪して、辞任するという事件もあった。森前会長の「女性が入ると、会議で時間がかかる」発言があっただけに、一般世論も、政府やオリンピック関連団体がPCに神経質になっていたということもあるのだろうが、アイデアを出し合う段階の発言で社会問題化される、というのはこれまでなかったことである。

 企画会議の段階で、PC(Political Correctness〈ポリティカル・コレクトネス〉)を遵守しなければならないとすると、『鬼滅の刃』は遊郭以外にも、虐殺シーンや女性・幼児虐待、鬼のトランスジェンダー的な描写など、“PC的にアウト”な背景・状況設定のオンパレードなので、雑誌に掲載するどころか、編集企画会議にあげること自体不適切ということになるだろうし、『サザエさん』は、家族の関係性を根本的に再編し、毎回、ジェンダーの役割固定化に繋がる表現はないか、PCのプロのチェックを受けねばならないことになるだろう。

 『進撃の巨人』『ワンピース』『ドラえもん』『プリキュア』『クレヨンしんちゃん』など、人気のアニメ・漫画のほとんどは、その気になって調べたら、ジェンダーや人種(的なもの)の描写に関してPC的にひっかかる設定や表現が多々見つかり、テレビで放送すべきではないものになってしまうはずである。ドラマやお笑い番組もそうだろう。

 

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仲正 昌樹

なかまさ まさき

1963年、広島県生まれ。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。現在、金沢大学法学類教授。専門は、法哲学、政治思想史、ドイツ文学。古典を最も分かりやすく読み解くことで定評がある。また、近年は『Pure Nation』(あごうさとし構成・演出)でドラマトゥルクを担当し、自ら役者を演じるなど、現代思想の芸術への応用の試みにも関わっている。最近の主な著書に、『現代哲学の最前線』『悪と全体主義——ハンナ・アーレントから考える』(NHK出版新書)、『ヘーゲルを超えるヘーゲル』『ハイデガー哲学入門——『存在と時間』を読む』(講談社現代新書)、『現代思想の名著30』(ちくま新書)、『マルクス入門講義』『ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義』『ハンナ・アーレント「人間の条件」入門講義』(作品社)、『思想家ドラッカーを読む——リベラルと保守のあいだで』(NTT出版)ほか多数。

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