この宿を川端が気に入った理由については、女将(おかみ)さんの存在が大きかったと福田さんは推測する。先々代の女将、安藤かねさんに我が子同然に可愛がられたという。
「かねさんにはその当時、川端と同世代の子供がいて、ざっくばらんに話ができたのでは。川端も気心が知れていて、ここならじっくりと逗留して文章が書けると思ったのでしょう」。
 10年にわたって常宿とした湯本館は、身寄りのいない川端にとって“第二の故郷”とでもいうべき存在だったのだろう。

 川端は20代で『伊豆の踊子』を書き、30代では『雪国』に精魂を傾けた。これも越後湯沢温泉を舞台にしている。後には、京都を舞台にした『古都』を発表した。ノーベル文学賞を受賞した時の受賞記念講演は『美しい日本の私』がテーマ。日本の美しい風景とともに、登場人物を通して、日本的な「あわれ」や悲しみを描くのが川端文学の神髄といえよう。

 三島由紀夫は川端を「永遠の旅人」と評した。孤独を内包しつつ生き、72歳で自死した川端にとって、人生とは自らの居場所を求めて彷徨する、旅そのものだったのではないだろうか。

雑誌『一個人』2018年4月号より構成〉