■自分の器の小ささを恥じた

 そんな境遇の人に失礼な目を向けつつ、短気をぶつけそうになった我が身の恥ずかしさ、器の小ささが情けない。同時に、ああ、ぎりぎりでキレなくて良かったという安堵がこみ上げてきた。

 「被災者だろうと、リストラされたサラリーマンだろうと、車いすを前向きに押そうとしたのは介護職員として過失だ。履歴は関係ない」と言うのは正論である。しかし、たとえ正論でも心の動きは違う。「そこは怒るのが正しい」という気持ちより、「言わなくて良かった」という気持ちのほうが強かった。

 もし声を荒げていたら、彼にどんな心の傷を与えていたか。自分も、母も、その後どれだけ気まずい思いをしなければならなかったか。その感情を「被災者への同情だ」と批判されるなら、ぼくはそれを甘んじて受け入れるしかない。

 くだんの男性とは、その後も朝夕の送り迎えで何度も顔を合わせたが、ぎこちなかった動きは日に日に介護職員らしさを身につけ、まじめな仕事ぶりはこちらにも伝わってきた。

 若くない年齢で、経験のない仕事を、新しい土地で始めることの大変さ。彼が背負っているであろう様々な悲しみの重さを想像すると、ささやかなエールを贈りたくなる。

 ぼくにとっての2011年の大震災の記憶は、母の車いすをぎこちなく押していたあの男性とともに、この先も残っていくのだと思う。【一部表記を修正しました。4月11日更新】

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