◆ライターにとっても出だしは重要

 冒頭の文章の重要性。実はこれ、私のライター稼業にも通じる真理である。文豪としがない雑誌ライターを比較するとはまことに恐れ多いが、雑誌の記事原稿もまた同じと思うのだ。言い方を変えれば、今や死語になってしまったダチョウ倶楽部の名言「つかみはOK!」だ。冒頭の文章で読者のハートを鷲掴みにすれば、名もなきライターの私の文章も最後まで読んでくれるのではないかと思っている。
 したがって、文章の出だし、イントロ部分をどう描くか、原稿を書くときに最も時間をかけて考えている。冒頭の文章が決まれば後は一気呵成に書き上げられる。出だしに我ながら名文と思えるような文章を思いつくと、後はスイスイと最後まで書けてしまう。
 気持ちよく仕事をして、編集者や読者に褒められるために、仕事を抱えている時はいつも冒頭の文章を考えている。その結果、日常生活でとんでもないポカをすることがしばしばある。電柱にぶつかる、キッチンで卵を割って器に入れる時に、間違えて生ごみ入れに黄身と白身を、器に卵の殻を入れてしまう、というようなドジはしょっちゅうやらかしている。私の日常生活を逐一追っかけたら、かなり変なヤツと思われるだろう。それもこれも突き詰めると、冒頭の文章のためなのだ。

 冒頭の文章について、もう一つ。駆け出しの頃に助言されたことがある。安易にコメントから始めるなと言われた。コメントは生きた言葉であり、それだけでインパクトがある。ついつい最初に使いたくなるものである。雑誌の記事を読むと、コメントから始まる文章はよく目にする。しかし、コメントに頼らないで自分で考えた地の文から入った方が、文章力を磨けるのではないか、という説だ。
 この考えでいうと、コメントだけでなく原作の文章を引用することも、似たようなもので、後の文章が楽に書ける。
「木曽路はすべて山の中である。」を今回使った時は正直迷った。それでもなお抗しがたい名文の魔力に負けてしまった。この名文から始めれば、私の拙い文章もちっとはマシになるような気がしたのである。島崎藤村さま、勝手に名文のおこぼれに預かりました。すいません。そして、ありがとうございました!