○40%と圧倒的な行動力(偏官・正官)

「行動力」とは、頭で考えるよりも行動で結果を出す。未知の分野に挑戦する意欲が強い星。「偏官(へんかん)」は、行動的攻撃的で野性的な星である。足で稼ぐというイメージだろうか。セールス等も得意。また、「正官」は、プライドが高く几帳面な真面目人間。世間体を気にし、社会貢献等を行う。この両方を持っている利通は、立ち止まることを知らないエネルギッシュ人間だったのだろう。

 確かに、利通は、幕末は倒幕派の中心人物として、明治政府では廃藩置県、版籍奉還、地租改正…と様々な事業を手掛けた。
 そんな中でも、利通が力を入れて取り組んだのが、殖産興業だろう。岩倉使節団として欧米を視察した利通は、「欧米列強に対抗するには国力を高めなければ」と、産業育成に乗り出した。殖産興業の実現に向けて、工場の設立、生産、輸出まで全てを請け負う内務省を設立し、初代内務卿に就任した。また、大蔵卿に大隈重信、工部卿に伊藤博文といった、利通に賛同する者を配置し、専制体制を樹立した。そして、1877(明治10)年、西郷隆盛ら不平士族による西南戦争の最中にも関わらず、その指揮を執りながら、第一回内国勧業博覧会の開催に成功する。製造物、機械、農業等6つの分野で、全国から1万4000点の出品があり、その成果を発表し合った。入場者は45万人にも及んだという。利通はまさに日本の近代産業の生みの親といっても過言ではない。

○人脈30%(偏財)

 人脈とは、さりげない気配りができて誰とでも仲良くなれる星。誰に対しても優しく、好かれる存在だったのだろう。「偏財(へんざい)」は、とにかくお友達が多く、ピンからキリまで幅広い人脈を持っているイメージである。お人好しで断れないタイプ。

 専制体制を樹立し、イケイケドンドンで進んだようなイメージを持たれる利通であるが、気遣いができてお人好しだった利通にとって、盟友の西郷隆盛や元上司・島津久光との決裂はさぞかし胸が痛いことだったろう。

○自立心30%(劫財・比肩)

 自分の信じた道を突き進み、リーダーシップを持っている。中でも「劫財(ごうざい)」は、欲しいものはどんな手を使っても手に入れようとする策士。組織を上手にまとめることができて、会社の社長に向いているタイプ。また、十二運星に「帝旺(ていおう)」を持っているが、「劫財」+「帝旺」の組み合わせは、組織の王様。安倍総理や明石家さんま、王貞治など、各界で活躍する人物がこの組み合わせを持っているが、利通も組織のトップに立ち、自分の意見を通す天才だったのだろうか。

 斉彬の死後、当時の藩主・忠義の父で当時の権力者、久光に取り入ろうとした。しかし、もともと敵対する派閥(斉彬派)だった利通が近づくのは容易ではない。そんな中、久光が囲碁を好むことを知り、その相手の吉祥院住職・乗願を通じて接近への機会を狙った。久光が読みたい本があるといえば、駆けずり回って探し、その本に自分の信条をしたためた手紙を添えて、やっとの思いで目通りの機会を得た。その後は、久光のもと、斉彬の遺志であった積極的開国に向け奔走し、瞬く間に出世を重ねた。行動力40%もあいまってだろうが、感服するほどの策士ぶりである。

 また、新政府の内部分裂の際にも、策士ぶりを発揮している。隆盛らが進めていた朝鮮への出兵問題、いわゆる征韓論に対し、利通は欧米列強と並ぶために内地優先を主張するが、閣議決定で敗れてしまう。しかし、意見をともにする岩倉具視を通じ、閣議決定を認めないよう明治天皇を説得した。明治天皇の裁断によって、一転。隆盛の朝鮮派遣の延期が言い渡された。これにより、西郷は政府を去ることになった。今の民主主義社会では考えられない禁じ手だが、そこまでして自分の意見を通そうとする辺り、利通の自立心の現れだろうか。

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