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転んでもタダでは起きない「カイロ流交渉術」

日本人が目を丸くするメンタリティ カイロ流交渉術④

 何千年も絶えることなく栄えてきたカイロを説話師がこう描写したのです。この表現には、あたかも世界の創造はカイロで起こり、いまもその創造が続いているぐらい偉大な唯一無比の都市という意味が含まれています。

 このような脈略のない大言こそ、カイロっ子が得意とする表現です。アラビア語では、「タアキード(断定)とムバーラガト(誇張)」と呼ばれる表現スタイルです。こまかな事実関係より、とにかく強調することに主眼をおきます。それによって、語り手は自らの言葉に酔い、聴衆・読者の感情を揺さぶっていきます。その結果、事実が真実なのではなく、聴衆が受け入れた誇張が真実になるのです。

 交渉のポイントは、これぐらい壮大で脈略のないメッセージを堂々と宣言することです。内容が靴紐とまったく関係ない大きな物語であればあるほど、効果的な宣戦布告になります。

 話をもとに戻しましょう。案の定、私の「日出る国から歩いてきた……」という発言に露天商は興味をかきたてられたようでした。

「日本から徒歩で何日かかったんだい?」

 手応えを感じた私は、さらにこうたたみかけました。

「千夜一夜(アルフ・ライラ・ワ・ライラ)!」

 すると露天商はにっこりと微笑み、「千夜一夜の世界にようこそ!」といって握手をもとめてきました。

 千夜一夜とは『アラビアンナイト』の正式名称です。千夜一夜物語は15世紀のカイロで今の形にまとめられた世界の物語文学の代表作です。カイロっ子なら誰でも知っています。この一言で、私はもはや靴紐を取り返しにきた敵対者ではなく、歓迎すべき客人へと昇華したのです。そこで私は間髪入れず「お土産をください」と要求しました。

「お土産をくれるのは異国からやってきたお前の方だろ(笑)。でも、何が欲しい?」
「その靴紐です」

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浅川 芳裕

あさかわ よしひろ

1974年、山口県生まれ。ジャーナリスト。エジプトの私立カイロアメリカン大学中東研究学部(1992年から93年)、国立カイロ大学文学部セム語専科(1993から95年)で学ぶ。アラブ諸国との版権ビジネス、ソニー中東市場専門官(ドバイ、モロッコなど)、『農業経営者』副編集長などを経て、『農業ビジネス』編集長。著書はベストセラー『日本は世界5位の農業大国』(講談社+α新書)、『ドナルド・トランプ 黒の説得術』(東京堂出版)ほか多数。訳書に『国家を喰らう官僚たち―アメリカを乗っ取る新支配階級―』(新潮社)。中東・イスラム関連記事では『「イスラム国」指導者の歴史観』『なぜ増える? イスラム教への改宗』(いずれも『文藝春秋スペシャル』)などがある。


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