エジプト・カイロのサバイバル術。貧者の知恵 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

BEST TiMES(ベストタイムズ) | KKベストセラーズ

エジプト・カイロのサバイバル術。貧者の知恵

「今から思えば、三ポンドくらい…」 カイロ流交渉術③

 相手の小ずるい引き上げ工作を逆手にとって、逆に半額の割引に成功したのです。それを受けとると先生は何事もなかったように「神に感謝!」といって去っていきました。目論見が外れ、しかも相場の半分しかバクシーシがもらえなかったにもかかわらず、教官の振る舞いはきわめて自然でした。

 すべてを神に委ねて、最高の演技をする。シナリオどおりにいかなくても、最後は「神に感謝」で締めくくる。こんな天性の俳優たちがそこら中にいるカイロが面白くないはずはありません。

 カイロという街はリアルな演劇空間です。その演劇の行方を左右するのがバクシーシ交渉なのです。

 小池氏のカイロ大学留学記にも、バクシーシを題材にした体験談がのっています。卒業記念にピラミッドに登って頂上で振袖を着て、お茶をたてたという有名なエピソードです。

 ピラミッドに登るのは違法行為です。それを盾に、警備員が「おーい。ピラミッドは登っちゃいかんのだぞ」と女子学生・百合子を追ってきます。もちろん、それは建て前で目当てはバクシーシです。それを知っている小池氏は「登ってから払うわ」といってピラミッドを駆け上がります。

 しかし小池氏は登ってきた面とは反対側からピラミッドを降りると、すぐさま車に乗り込み、バクシーシを払わぬまま逃走に成功します。このシーンを小池氏は回想しています。

「今から思えば、三ポンドくらい気持ちよく払ってあげればよかったかもしれない」

 これはいわゆる後ろめたさの感覚とは違います。むしろ、警備員との掛け合いが未完に終わってしまったある種の不完全燃焼といえるかもしれません。わずかなバクシーシをケチッたことにより、不法者の女子学生と正義の警備員がイーブンな関係に舞台転換する役を演じきれなかったのです。これでは女優失格です。

『“闘争と平和”の混乱 カイロ大学』より構成)

KEYWORDS:

オススメ記事

浅川 芳裕

あさかわ よしひろ

1974年、山口県生まれ。ジャーナリスト。エジプトの私立カイロアメリカン大学中東研究学部(1992年から93年)、国立カイロ大学文学部セム語専科(1993から95年)で学ぶ。アラブ諸国との版権ビジネス、ソニー中東市場専門官(ドバイ、モロッコなど)、『農業経営者』副編集長などを経て、『農業ビジネス』編集長。著書はベストセラー『日本は世界5位の農業大国』(講談社+α新書)、『ドナルド・トランプ 黒の説得術』(東京堂出版)ほか多数。訳書に『国家を喰らう官僚たち―アメリカを乗っ取る新支配階級―』(新潮社)。中東・イスラム関連記事では『「イスラム国」指導者の歴史観』『なぜ増える? イスラム教への改宗』(いずれも『文藝春秋スペシャル』)などがある。


この著者の記事一覧

RELATED BOOKS -関連書籍-

カイロ大学 (ベスト新書)
カイロ大学 (ベスト新書)
  • 浅川 芳裕
  • 2017.12.09
日本は誰と戦ったのか
日本は誰と戦ったのか
  • 江崎 道朗
  • 2017.11.25
TPPで日本は世界一の農業大国になる
TPPで日本は世界一の農業大国になる
  • 浅川 芳裕
  • 2012.03.16