くだんの武士は変装し、他の同輩たちと連れ立って女郎屋にあがった。変装した武士はすばやく襖の陰に隠れる。宴席に出てきた遊女に、同輩が言った。
「友人の〇〇が先日、屋敷を出たきり、帰らない。そのほうは〇〇の馴染みと聞いた。知らぬか」
「久しくお見えになりません。どうしたのでしょうか」

 そこで、同輩がしみじみと言った。
「〇〇はそなたの行く末を心配しておってな」
 いかに女の将来を考えていたかを語って聞かせた。それを聞いているうち、女も万感胸に迫るのか涙ぐんでいる。
 それを見定め、襖の陰で顔を白く塗り、髪の毛をかき乱した武士がぬっと出てくるや、怪しげな手つきをして女をねめつける。同輩たちは打ち合わせ通り、
「ゆ、幽霊じゃ」
 と、恐れおののく。遊女は幽霊の姿を目にした途端、
「あっ」
 と叫ぶや、卒倒しまった。

 みなで笑いさざめきながら女を揺り起こしたが、意識は戻らない。あわてて水だ、薬だと騒いだが、けっきょく女はそのまま死んでしまった。
 

『井関隆子日記』に拠ったが、遊女が死んだだけに事はもはや隠蔽できず、かかわっていた藩士全員が処分されたと書いている。

 ところで、気になるのは落語『品川心中』の筋立てとよく似ていることである。いや、正確には、『品川心中』の筋立てがこの話に似ていると言うべきであろう。おそらく、この事件の噂を耳にした落語家が脚色して、落語に仕立てたのであろう。いまでこそ古典落語だが、当時は時事ネタだったにちがいない。
 落語の主人公は貸本屋だが、武士を揶揄するのをはばかったためと思われる。このあたりも、現実の事件を元にするにしても、名誉棄損にならないよう肩書や職業を変えたりする現代のドラマ作りと同じである。