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書店員が考える「体験型イベント」の先

第1回 「さわや書店」松本大介 前編

体験型書店の違和感

 結論から言えば、いまのところ期待したほどの結果は出ていない。自分のなかのハードル設定が高すぎたというのも正直ある。店内にあるイベントスペースで、体験型のイベントを実際に行ってみると、それに付随する本の売上は上乗せされる。これは、イベントをやらなければ無かったはずの売上だ。たとえば最近では、地元出身の漫画家に、講演とともに漫画の描き方講座をやってもらうイベントなどがあった。訪れたお客さんに「いつも何かやっている」との認識をもたせることも、集客にも一定の効果はあるだろう。だが、書店での体験は読者にとって一過性のものに過ぎないのではないか、そんな違和感が付きまとう。

 まだ、たったの数か月。「もっと継続してから言え」というお叱りの声が聞こえてきそうだ。だが自分のなかのその違和感に耳を傾けると、体験型イベントの「先」を考えなければヤバいことになるのではないか、内なる声は小さいながらもそう囁くのだ。本と体験は「両輪」にはなり得ないかもよ、と。

 それはこういうことだ。「本から体験へ」というコンセプトだったはずなのに、いつのまにか主従関係が逆転している。そう実感する瞬間が多々ある。

 イベントを開催する流れとして、1か月ほど前から告知を始め、イベントに関連する本を販売したお客さんに参加権をお渡しする。本のその先に体験があると予想したはずなのに、魅力ある体験に参加するためのチケット替わりとして、本が「おまけ」みたいな売れ方をしているからそう感じるのだろう。それって本の存在価値を自ら貶めてはいやしないか、そう自問自答する回数が日々積み重なってゆく。

 音楽業界における、握手会やライブの前売りチケットに応募するためにCDを買うのと似た構図といえば分かりやすいだろうか。販売に向けての裏側をストーリー仕立てで演出し、割り切ってやっている分、音楽業界のほうがまだ救いがある。一方、イベントのために本を売ることとなったウチの店には、背景にストーリーがない。

 心に響く本当にいい音楽は売れてゆくものである。分かる。至極もっともな意見だ。自分の業界に目を向けると「いい本は黙っていても売れてゆくものだ」、そう口に出して言う輩も多い。では、いい本の定義ってなんだろう。売れる本か?知的な本か?切り口が独創的な本か?癒される本か?読者を鼓舞してくれる本か?

 その答えは出ない。当然だ 。なぜなら本に求める役割は、人それぞれ違うのだから。幼少期から漠然と「本を読むことはいいことだ」と刷り込まれるけれど、たとえば「いい本の定義」を教えたとしても、それはあくまでも薦める側の主観でしかない。または多数派の意見。世の中には「客観的」ということはあっても、「客観」は存在しない。

 だからイベントありきはやめた。自分の主観で本当にいいと思ったものをイベントとして開催したい。熱い気持ちでやっていれば、ストーリーは自ずとついて来るだろう。情報の伝達手段としてはモバイル機器に劣ってしまった本を、チケット代わりとして扱われないために、僕ら書店に勤める人間はどういう未来を描いていかなければならないだろう。

 次回はそのことについて考えてみたい。

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松本 大介

まつもと だいすけ

1977年生まれ。岩手県盛岡市出身。都内の大学を卒業後、2001年さわや書店入社。さわや書店本店、フェザン店の勤務を経て、2017年5月19日に盛岡駅、駅ビルフェザンに2店舗目としてオープンした〈ORIORI produced by さわや書店〉の店長を務める。現さわや書店フェザン店店長。

『思考の整理学』外山滋比古(筑摩書房)、『震える牛』相場英雄(小学館)、『限界集落株式会社』黒野伸一(小学館)など多数の書籍がベストセラーとなるきっかけをつくる。

 


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