韓国人シンガーKが日本の伝統を旅する 「三輪素麺は、1200余年間人智を積み上げてきた伝統食であり日常食」 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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韓国人シンガーKが日本の伝統を旅する 「三輪素麺は、1200余年間人智を積み上げてきた伝統食であり日常食」

最終回 奈良県三輪素麺工業協同組合理事長・池側義嗣さん

夏はもちろんのこと、冬にもにゅう麺などとして、一年中食べる機会が増えている素麺。そんな素麺のなかでも、麺として初めて農林水産省のGI(地理的表示保護制度)の認定許可を受けたのが奈良県桜井市で生まれ、今もなお生産されている三輪素麺だ。
GIは地域で培われた生産方法や風土の特性により高い評価を獲得している伝統のある産品と名所を知的財産として保護する制度。全国でも48例しかなく、三輪素麺は12番目に認定されている。三輪素麺がまさに地域に根付いた伝統食であるという証だ。

 三輪素麺のルーツを探るべく、Kさんが訪れたのが、奈良県桜井市の「大和国一の宮 大神神社(おおみわじんしゃ)」。日本の神話とも深くかかわる由緒ある社の神孫が、飢餓と疫病に苦しむ民を救済するために三輪の里に小麦をまいたことが、素麺の起源と伝えられている。1200余年あまり前の奈良時代のことだった。

 室町時代から「素麺」と呼ばれるようになった、小麦粉で作られた麺。お伊勢参りをする人たちを魅了し、手延べ素麺の製法も播州、小豆島、島原へと伝わり、いつの間にか日本を代表する伝統食となっていく。

36時間かけてつくる1本の素麺

 

 奈良県三輪素麺工業協同組合理事長・池側義嗣さんの案内で、製麺工場へと足を運んだKさんを驚かせたのは緻密な工程と、何度も熟成を重ねるという製造過程だった。

奈良県三輪素麺工業協同組合理事長・池側義嗣さん

池側 まず塩水を作り、小麦粉に入れてこねていきます。それを麺帯という5センチから10センチ程度の幅の帯状に伸ばします。そして、さらに紐状にまで細く伸ばしたあと、糸を撚るように麺を撚りながら、さらに細く伸ばします。ある程度の細さ、長さになると室へ入れて、少し寝かせます。その後さらに2メートル近くまで伸ばして、再度熟成させるのです。

 時間をかけて熟成させては延ばしていく、かなり時間がかかるんですね。

池側 先ほど寝かしておいたものをさばきながら。

 まだまだ 伸びるんですね。気持ちいいかも。

池側 時間をおくことで、ここまで伸びるんですね。

 熟成しないと伸びないということですね。しかも一気に伸ばすのではなく、ゆっくりゆっくりと伸ばしていくこの行程は、見ていても飽きないし、なんだか伸びていく様子が気持ちいいですね。

池側 今でこそ機械でやっていますが、昔は手で伸ばしていました。そして、今度は延ばした麺を乾燥させます。

K ずらっと素麺が並んでいます! 2メートルくらいですかね。

池側 乾燥させると縮みますので、乾燥した気候の冬に作る製品はさらに長く、2メートル50センチくらいまで伸ばします。

K 全部で何工程くらいに分けられるんですか?

池側 今は12工程ですかね、最低でも。

K 確認なんですが、ひとつの工程が終わると必ず一度寝かしていましたよね。

池側 はい。

K ではすべての工程が終わるまでの時間というのは……。

池側 36時間くらいですね。

K 1本の素麺を作るのに36時間、1日じゃできないんですね。

池側 そうなんですね、2日かかります。

K 驚きました。熟成させる理由というのは?

池側 熟成させないと、伸ばせないんですよ。

K なるほど。一番大事な工程というのは?

池側 最初に小麦をこねる塩水作りですかね。当日はもちろんのこと、翌日の気温湿度を予測しながら塩水の濃度を変えていきます。そこが一番素麺作りで重要なところです。気温が高くなると熟成が早く進んでしまいますから。今日の昼は何度で明日は何度かを予測します。同時に、気温や湿度によって、伸ばす長さも変えなくちゃいけないし、熟成する時間も変えていかなくちゃいけない。

K 素麺はなんであそこまで細く作るんですか?

池側 細くする技術というのはとても難しいので、細いほどより高級ということになります。昔の小麦では今ほど細くは作れなかったんですよ。でも今は小麦もよくなっているので、より細い素麺が作れるようになりました。三輪の場合は強力粉という、タンパク質の多い、力強い小麦粉を使っているので、より細くより長く伸ばせるようになりました。

K 味の違いはあるんですか?

池側 そうですね、細いほうが、つゆの絡みがよく、口当たりやのど越しもいいんですよ。

K 作りやすい季節もあるんですか?

池側 気温差が少なく、よく冷えて、よく乾燥している冬場が作りやすいですね。

K 夏のほうが伸びそうな気がしますが。

池側 確かにそうですが、夏場は気温が上がりすぎ、熟成が早く進んでしまうので伸びすぎるんです。

K 伸びすぎてもダメだと。気になったのが、熟成をさせている間、職人の方々が時計で時間をはかっていなかったんですけれど。感覚なんですか?

池側 そうです。触って、伸ばして。これなら次の段階へ行けるというのは職人の勘ですね。

K そこが機械じゃない面白さですね。まさに巧の仕事ですね。

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寺野 典子

てらの のりこ

1965年兵庫県生まれ。ライター・編集者。音楽誌や一般誌などで仕事をしたのち、92年からJリーグ、日本代表を取材。「Number」「サッカーダイジェスト」など多くの雑誌に寄稿する。著作「未来は僕らの手のなか」「未完成 ジュビロ磐田の戦い」「楽しむことは楽じゃない」ほか。日本を代表するサッカー選手たち(中村俊輔、内田篤人、長友佑都ら)のインタビュー集「突破論。」のほか中村俊輔選手や長友佑都選手の書籍の構成なども務める。


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