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生みの親が妾なら「母」に当たらないのか

江戸の性 第143回

イラスト/フォトライブラリー
江戸の性事情』(ベスト新書)が好評を博す、永井義男氏による寄稿。

 江戸時代、主人(武士、商人、職人にかかわらず)殺しと、親殺しは大罪だった。たとえどんな理由があったとしても、主人や親を殺した(過失致死でも)者には情状酌量の余地はなく、磔か獄門などの極刑に処せられた。
 ところが、ごくまれに例外があった。そんな例外が『藤岡屋日記』に出ている。

 根岸の三島明神前に住む森田長蔵は観世流の笛の師匠だった。先祖の森田庄兵衛は名人とたたえられ、禁裏で催された能にも出演したほどで、森田家は笛の名門だった。
 ところが、長蔵は酒乱の気味があった。

 天保十一年(1840)六月二十四日、長蔵は自宅に酒と料理を用意し、能の関係者を招いた。また、接待役として、芸者ふたりも呼び寄せた。
 まだ客が到着する前に、早くも芸者を相手に酒を呑んでいた長蔵が酔って、無体な行為をしようとする。さすがに、六十歳になる母親の満寿が見かねて、
「そのほう、恥を知れ。いい加減にせぬか」
 と、叱りつけた。
 これを聞くや、長蔵は刀を抜き放つや、母親を斬り殺した。逃げようとする芸者にも一太刀あびせた。
 弟子のひとりが背後から長蔵を抱き留める。刀を背後にまわして突いたため、弟子も負傷して逃げ去った。もうひとりの芸者は、そのあいだに縁側の下に逃げ込み、無事だった。

 
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永井 義男

ながい よしお

小説家、江戸文化評論家。1997年『算学奇人伝』で開高健賞受賞。時代小説のほか、江戸文化に関する評論も数多い。著書に『江戸の糞尿学』(作品社)、図説吉原事典(朝日新聞出版)、江戸の性語辞典(朝日新聞出版)など。


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