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【教員の残業代】非正規教員が開けた小さな穴の行方

第54回 学校と教員に何が起こっているのか -教育現場の働き方改革を追う-

残業代

■教育現場の非正規教員が増加している

 非正規雇用の増加がデフォルト化している。1995年5月に当時の日経連(日本経営者団体連盟、現・日本経済団体連合会)が報告書『新時代の「日本的経営」−挑戦すべき方向とその具体策』を発表し、ここで提示された「雇用ポートフォリオ」が注目を集めた。正規雇用は約3割で、残りは非正規の方が良いとする提案で、これがあっという間に広まった。

 もっとも、この報告書で正規の雇用を最小限に抑えるという考えが初めて登場したわけではない。バブル経済崩壊後の状況に苦しんでいた経営者たちは、どうやって人件費を減らすかに頭を悩ませていた。そして、その解決策は「正規雇用を減らして、非正規雇用を増やすこと」だと誰もが気づいていた。しかし、それまでの雇用慣習があって正規雇用を減らすことにためらいがあった。

 そこに登場してきたのが『新時代の「日本的経営」』だ。これが、正規雇用を減らして非正規雇用を増やす「免罪符」となった。ここから経営者たちは、非正規雇用を増やすことに積極的になっていくのだ。
 非正規雇用は正規雇用にくらべてランニングコストが安価なだけではなく、経営環境が厳しくなってきたときに解雇することで、生産調整とコスト調整の両方を実現する役割も果たす。いわば「調整弁」的な役割を果たす存在であり、経営者にとってはすこぶる都合のいい存在である。

 2020年2月に総務省統計局が発表した「労働力調査 2019年(令和元年)平均(速報)」によれば、2019年平均の正規の職員・従業員数の前年からの増加は18万人である。これに対して非正規は45万人増となっている。ますます非正規を増やす方向に向かっていることは間違いない。

 この流れは学校現場にもあてはまる。都道府県によって違いはあるが、「4人に1人が非正規教員」という状態になっている地域も少なくない。非正規といっても正規と同様に過剰労働を押し付けられる教員の状況は同じであり、残業も強いられている。しかし、正規と同様に残業代が支払われていないのが実態だ。
 非正規の賃金は、正規にくらべて低い。それにも関わらず、残業代も支払われないのでは、まさに二重苦である。

 

■名古屋市教員の申告による変化

 そこに、「風穴」が開いた。
『中日新聞』(2020年11月19日付Web版)は、「時間外労働、改善に風穴 市立中非常勤未払い賃金支給へ」という記事を載せている。
 名古屋市立中学校で昨年度、中学3年と特別支援学級の社会科を担当していた非正規教員(非常勤講師)が、残業代の支払いを市教育委員会に求める申告を労働基準監督署に行った。それが認められたのだ。

 その非正規教員は「給料がもらえる時間数の2倍」働いたとしても、残業が認められることはなかったという。また、記事によれば「タイムカードで労働時間が把握される正規教員に対し、非常勤講師は昨年度までは時間記入欄のない出勤簿に押印するだけ」だったという。
 残業しても、それが把握されない仕組みになっていたのだ。これについて市教委は、労基署の是正勧告を受けて今年度から改善したという。ただし、「始業と終業時刻を印字した『勤務時間確認書』に、非常勤講師に押印させる運用にとどまる」のだと『中日新聞』の記事は伝えている。

 正規教員のようにタイムカードでの労働時間把握ではないのだ。物理的には、勤務時間確認書によって、勤務時間を操作することも可能になりそうだ。
 そうなれば抗議すればいい、という単純なものでもない。非正規教員の話を聞いていると、「文句の言えない雰囲気」といった表現がよくでてくるからだ。

 

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前屋 毅

まえや つよし

フリージャーナリスト。1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。『週刊ポスト』記者などを経てフリーに。教育問題と経済問題をテーマにしている。最新刊は『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、その他に『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『グローバルスタンダードという妖怪』『日本の小さな大企業』などがある。


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