「血」に縛られすぎない

中川 血の話で言うと、俺は祖父母が3人亡くなっています。で、1人目の東京の祖父が亡くなった時は葬式に行ったんですが、次からは親から案内がこないんですよ。2人目の九州の祖父が死んだ時なんて「うちの爺さん死んだから、いま羽田空港。アンタはこないでいいから。忙しいでしょ」っていきなり電話がくるんですよ。「そりゃ忙しいけど…早く言えよ!」と言うんですが、「いい、いい、いい…そげなもん」と言われる。結局祖父母の葬式は2回連続で行っていないんです。

 3人目となる父方の祖母が死んだ日も当日葬儀場でいきなりうちの母親は連絡してきて「死んだ」と言うんですよ。それってもう完全に「血筋なんてどうでもいい」と思っている証拠で。「アンタは今仕事頑張らなくちゃ、貧乏になるよ」ということを多分言いたかったんだと思うんです。俺がフリーライターになったばかりの時期なので。で、そこで葬式に行けなかったことを後悔しているかと言えば、なんにも後悔していないんですよ。ホントに。

吉田 中川さんはある意味ラッキーだったのかも。やっぱり日本の場合は、大した家でなくても「家を継ぐ、血をつなぐ」ことに重きを置かれて、みんな人生の主語を失ってしまうのかなと思いますね。

中川 でも、冷静に考えて自分は直属の上司の係長が大事だったりするわけですよ。この1年間生き抜くにはこの係長から嫌われない、クライアントから嫌われないことが重要かなと思うわけですよ。いとことかよりも。

 そりゃ、今いきなり俺が「実はお前は徳川家の18代目なんだぞ」とか言われたら、「家守んなきゃ」と思いますけどね(笑)。でもそんなことありえないわけですよ。そういう名家じゃなかったら別に血なんかどうでもいいんじゃないかと。サンドラさんも養子をとればいいという話をしましたけど。

吉田 血縁を切るとかではなく、中川さんぐらいのスタンスを持つというのはひとつ救いになると思いますね。

日本的な「家を守る」という意識。それが「子供をもたない」人々を苦しめているのかもしれない。対して、サンドラさんはヨーロッパの事例、中川さんは自身の体験から違った視点を提示した。何よりも重要なのは「自分が主語」の人生を歩むことだ。