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【教育の個別最適化】学力のみの選別につながる改革は要らない

第52回 学校と教員に何が起こっているのか -教育現場の働き方改革を追う-

■集団か個人か

 「個別最適化」という言葉には、否定しづらいニュアンスがある。「集団の均一な能力向上」は個性の否定にもつながるなど、様々な問題が指摘され、見直しの必要が論じられてきている。経団連の「新成長戦略」も、その延長線上にあるように思える。
 経団連と財務省とで一致している「個別最適化」は、一人ひとりの「個」を重視していく方針のようにも受けとれる。しかし、「新成長戦略」の次の部分を読むと疑問が浮かんでくる。

「政府と教育界が連携し、学校教育、社会人教育、生涯教育等の学習履歴、学習進度等のデータ化を進める必要がある。同時に、個人を軸に、異なる教育機関をまたがって、学習データの連携や活用を可能とする環境を整えていくことが求められる」

 これを進めるためには、学校でも「集団」ではなく、「個別」のデータ収集が必要になってくる。子どもたち一人ひとりの「最適化」ではなく、データ収集のための「最適化」ということになってしまう。そして、そうして収集した個別のデータは、どう使われるのだろうか。
 「新成長戦略」は次のように述べている。

「それらデータはまた、個人は転職時の証明、生涯学習・学びなおしに、政府や地方公共団体は教育政策の立案に活用できる」

 政府や地方公共団体の教育政策に、はたして個別データが必要なのだろうか。教育政策立案のためなら、集団データで充分なのではないだろうか。

 

■データ化の目的を間違えてはいけない

 さらに問題なのは「個人は転職時の証明」の部分である。転職時に、学校での成績を含めた個人データを提出させたいということなのか。
 そうであれば、学校の成績が転職を左右することにもなり、ますます学校での「評価」が重要になってくるだろう。その結果、評価を得るための「点数競争」が激化するかもしれない。全国学力テストでの順位を上げるために、過去問題に取り組むなど過剰な「対策」が必要になってくる。

 そうなる可能性が大きいことは、「新成長戦略」の次の記述からも予測できる。

「企業は、学習内容や学びなおしのデータを踏まえた採用、処遇、評価を行うことで、個人が積極的に自身の学習データを活用する好循環を回していく」

 企業が採用、処遇、評価にも個人データを利用できるようにする、ということだ。個人データによって、企業は必要な人材を選り分けていく。その選別に残れるようなデータづくりに、個人は取り組むことになる。
 それを「新成長戦略」は「好循環」と呼ぶが、個性の否定につながる可能性は大きい。学校においても個別最適どころか、企業の選別に残れるような教育が優先されかねない。経団連や財務省のいう「個別最適」とは、企業の選別に残るための教育を個別にプログラムすることなのかもしれない。

 企業の意に沿う形での教育となれば、教員ではなく企業からの講師のほうが優秀かもしれない。だからこそ経団連も財務省も、教員以外の人材が教壇に立つことを強調しているのではないだろうか。

 企業では、正社員を従業員の3割程度に抑え、あとは代替可能、低賃金で雇える臨時採用にしようとする動きが加速してきている。
 個人データは、その選別要素にされかねない。そこに学校も組み込まれれば、学校は企業のための選別機関となってしまう。
 学校は、それを自らの役割と受け入れるのだろうか。

 

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前屋 毅

まえや つよし

フリージャーナリスト。1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。『週刊ポスト』記者などを経てフリーに。教育問題と経済問題をテーマにしている。最新刊は『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、その他に『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『グローバルスタンダードという妖怪』『日本の小さな大企業』などがある。


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