【石垣は美濃攻め当時のもの? 織田信長と小牧山城】 | BEST T!MESコラム

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石垣は美濃攻め当時のもの? 織田信長と小牧山城

季節と時節でつづる戦国おりおり第311回

信長小牧山城の面影①

 瑞應寺さんをおいとました後、またひたすら東へテクテクテク…このまま歩き続ければ名鉄線にぶつかる予定(あくまで予定。そのへん適当)…ですがあまりの暑さに意識がもうろうと…そこへ通りかかったタクシー。もう、豆腐の意志を持つ中年男性としては断然手を挙げます。「ヘイ! タクシー!!」

 

 …クーラーの効いた車内でしばし運転手さんと談笑ののち、小牧山へ到着。良い運転手さんで、運賃の端数はおまけしてくれました。名古屋、良い運転手さん多いです。

 小牧山はご存じの通り織田信長が美濃攻めの拠点として清洲城から本拠を移したところでもあり、また小牧の戦いで徳川家康が豊臣秀吉相手に本陣を構えたところでもあります。最近、新たな発掘調査の結果、信長時代の石垣と思われる遺構が発見され、恒久的な城郭都市が形成されていたと考えられるようになって来ています。

 この日も、小牧市の関係者さんたちによって天守下から発見された大量の石垣の裏込め石の洗浄分別作業がおこなわれていました。墨書などが無いかを確かめているそうで、左の写真の右側に積まれているのは作業済みの分です。気の遠くなるような作業ですね。テレビでも発掘研究成果を発表されているOさんも偶然立ち会われており、共通の知人の話題で盛り上がりました。

 

 この石の量を見る限り、信長の小牧山城は少なくともその天守一体について周囲に「石造りの城」をアピールする大規模なものだったのではないでしょうか。

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橋場 日月

はしば あきら

はしば・あきら/大阪府出身。古文書などの史料を駆使した独自のアプローチで、新たな史観を浮き彫りにする研究家兼作家。主な著作に『新説桶狭間合戦』(学研)、『地形で読み解く「真田三代」最強の秘密』(朝日新書)、『大判ビジュアル図解 大迫力!写真と絵でわかる日本史』(西東社)など。


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