■中国に渡ったアピールを欠かさない一面も

 

 雪舟は、狩野派のような派閥は持ちませんでしたが、面倒見がよく、全国から多くの画家が訪ねてきました。絵を教えて免許状がわりに絵を送っています。『破墨山水図』はその例で、如水宗淵に描き贈った作品。中国に渡ったこと、師匠の周文の偉大さを知ったことなどの文章も書き入れています。

 また、自分の肖像画を弟子に贈ることもありましたが、その姿は中国の僧侶の被る烏紗帽をかぶっている。中国に渡ったというアピールを欠かさない雪舟の素顔が見えて微笑ましいです。

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