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名古屋をめぐる英傑。〈徳川家康〉ゆかりの地を歩く

名古屋地名の由来を歩く【英傑のふるさとを訪ねる③】

ノンフィクション作家、谷川彰英が名古屋をたどる。戦国の英傑、ゆかりの地とは? 夏休み、近郊の方はぜひ実際に足を運んでほしい。『名古屋地名の由来を歩く』(著・谷川彰英)より、戦国時代に終止符を打った徳川家康の生地をめぐる。

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家康の生地を訪ねる

 名鉄名古屋本線の東岡崎駅から10分ほど歩くと岡崎城(岡崎市)に着く。そう大きいというわけではないが、小高い丘の上にそびえる天守閣と城内がとても美しい。

 天守閣の手前に龍たつ城き神社という神社がある。社伝によると、この地に城が築かれたのは康正元年(1455)のことで、三河の守護代・西郷弾正エ衛門稠つぎ頼よりの手によるものであったという。その築城の日、どこともなく気高い乙女が天守に現れ、城主に告げたという。

「我はこれ幾久しく此の処に住む龍神なり、汝われを鎮守の神と崇め祀らば永く此の城を守護し繁栄不易たらしめむ」

 すると、城中の井水噴き出で、高く天に舞う龍神に注ぎ、一群の黒雲舞い降りて天守を包むと、龍神の姿はたちまち消え失せたという。そこで、城主は天守に龍神を祀り、城の名も「龍ケ城」、井の名を「龍の井」と呼ぶようになった。

 その後、この城は文明年間(1469〜86)に松平氏の居城となり、天文11年(1542)12月26日、家康が誕生したということである。

 城内には家康誕生の際、産湯として使ったとされる「産湯の井」や、胎盤を埋めたとされる「えな塚」などがある。天守閣の前には、家康の有名な遺訓の碑が建てられている。

龍城神社と天守閣

胎盤を埋めたとされる「えな塚」
 
 人の一生は重荷を負て遠き道をゆくがごとし、いそぐべからず、不自由を常とおもえば不足なしこころに望みおこらば困窮したる時を思いだすべし、堪忍は無
事長久の基、いかりは敵とおもへ、勝事ばかり知りてまくる事をしらざれば害其身にいたる、おのれを責て人をせむるな、及ばざるは過たるよりまされり。
                     慶長八年正月一五日
   人はただ身のほどを知れ草の葉の
        露も重きは落つるものかな
 

 幼少のころ、人質に取られて過ごした家康の思いが込められている。これをどう見るかは私たち一人ひとりの課題である。

【周辺ガイド】
浄瑠璃姫の供養塔:岡崎市に点在する源義経と浄瑠璃姫の悲恋伝説。岡崎公園交番のわきや、矢作町の誓願寺、吹矢町の成就院には供養塔が残り、市民に親しまれている。

『名古屋地名の由来を歩く』(著・谷川彰英)より構成〉

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谷川 彰英

たにかわ あきひで

筑波大名誉教授

1945年長野県生まれ。ノンフィクション作家。東京教育大学(現・筑波大学)、同大学院博士課程修了。柳田国男研究で博士(教育学)の学位を取得。筑波大学教授、理事・副学長を歴任するも、退職と同時にノンフィクション作家に転身し、第二の人生を歩む。筑波大学名誉教授。日本地名研究所所長。主な作品に、『京都 地名の由来を歩く』シリーズ(ベスト新書)(他に、江戸・東京、奈良、名古屋、信州編)、 『大阪「駅名」の謎』シリーズ(祥伝社黄金文庫)(他に、京都奈良、東京編)『戦国武将はなぜ その「地名」をつけたのか?』 (朝日新書)などがある。



 



 


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  • 谷川 彰英
  • 2011.10.08