【想定内のウソ】官僚が事実と数字を隠すとき「事大主義」となり、その忖度の犠牲は民が背負う悲劇《岩田健太郎教授・感染症から命を守る講義㉟》 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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【想定内のウソ】官僚が事実と数字を隠すとき「事大主義」となり、その忖度の犠牲は民が背負う悲劇《岩田健太郎教授・感染症から命を守る講義㉟》

命を守る講義㉟「新型コロナウイルスの真実」


 なぜ、日本の組織では、正しい判断は難しいのか。
 なぜ、専門家にとって課題との戦いに勝たねばならないのか。
 この問いを身をもって示してたのが、本年2月、ダイヤモンド・プリンセスに乗船し、現場の組織的問題を感染症専門医の立場から分析した岩田健太郎神戸大学教授である。氏の著作『新型コロナウイルスの真実』から、命を守るために組織は何をやるべきかについて批判的に議論していただくこととなった。リアルタイムで繰り広げられた日本の組織論的《失敗の本質》はどこに散見されたのか。敗戦から75年経った現在まで連なる教訓となるべきお話しである。


■グラフに数が書かれていない

 もう一つ、危惧していることがあります。それは国内の感染対策でも、ダイヤモンド・プリンセスのときと同じように「対策はできている」という神話を自らが信じてしまい、それに沿うように事実を歪めてしまうことです。

 「できてはいないことが分かっているけれど、できている振りをする」というのなら、政治的なステートメントとして一応理解はできます。ダイヤモンド・プリンセスでいうなら、もし下船させた後に「メディアには解放すると言ったけど、じつはこっそり14日間、健康監視をしましょうね」とやっていたというなら、評価は別にして理解はできる。

 本音と建前を使い分けているうちはまだいいのですが、それをやっているうちに本音と建前がごちゃごちゃになってしまい、自分が何を信じてるのか分からなくなることってよくあるし、実際にダイヤモンド・プリンセスでも起こりました。

 その意味で、専門家会議(現在は「新型コロナウイルス感染症対策分科会」)の尾身茂先生とかが出している「流行のピークの高さを下げて、増加のスピードを抑える」という「新型コロナウイルス対策のイメージ」について、ぼくは心配しています。

 尾身先生たちは、「感染の拡大が急速に進むと医療提供体制が破綻するから、流行を遅らせて、ピークの患者数の高さを少し下げて、こういうなだらかなカーブにしましょう。このピークを遅らせて山を低くするのが今の日本政府の目標です」みたいなことを、グラフを使って説明していますよね。

 なるほど、その方針は理解できます。でも、よく見るとあのグラフはズルくて、縦軸つまり「患者数」にも、横軸つまり「時間」にも、肝心の「数」が書いてないのです。

 だからあれは、例えば「100万人の患者さんが出たら医療が崩壊するから、50万人に減らしましょう。来月ピークがやって来るのを、3カ月後に延ばしましょう。そうして医療機関に余力があるうちに準備をして、ワクチンも作って対策をしましょう」というような、具体的な数値目標を伴ったプランではない。

  要するに、あれはただの観念なんです。縦軸にも横軸にも何も書いていないんだから、ピークがどのくらいかは示さない、いつ来るのかも示さない、どれくらい遅らせればいいかも示さないし、遅らせたときに患者さんがどれくらい減るかも示さない。

 我々が医学論文に、縦軸にも横軸にも目盛りのないグラフなんて載せたら、即効で却下ですよ。「これ、何言ってんのか分かんないじゃん」という話になって、ただの空想だといわれてしまう。

 これには二つの問題があります。一つ目の問題は、いま説明したことからも分かるように、ピークが来るのが1年後のことなのか20年後のことなのかも分からないし、100万人の話をしてるのか1000万人の話をしてるのかも分からないこと。

 ということは、今後日本で何が起きようとも、「ああ、これは全部想定内でしたよ」と言えてしまうことになります。「本来だと、もっとひどい状況になるはずだったのが、今まで我々が頑張ったからこうなったんです」と、何が起きようと言い抜けることができてしまいます。

 ドイツでは、メルケル首相が「ドイツ人の6割ぐらいがコロナに感染する可能性がある」というかなり厳しいシナリオを発表しています。そうやって具体的な数字を出してもらえれば人口の6割が感染するといけないから、例えばこれを2割まで減らしましょう、という話を具体的なプランとして理解できる。

 でも日本の場合は数字を全然出さないので、今後どんなに患者さんが増えても、どんなに死亡者が出ようとも、「いや、我々のシナリオ通りです」と言えば誰も否定できない。ズルいですよね。

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岩田 健太郎

いわた けんたろう

1971年、島根県生まれ。神戸大学大学院医学研究科・微生物感染症学講座感染治療学分野教授。神戸大学都市安全研究センター教授。NYで炭疽菌テロ、北京でSARS流行時の臨床を経験。日本では亀田総合病院(千葉県)で、感染症内科部長、同総合診療・感染症科部長を歴任。著書に『予防接種は「効く」のか?』『1秒もムダに生きない』(ともに光文社新書)、『「患者様」が医療を壊す』(新潮選書)、『主体性は数えられるか』(筑摩選書)など多数。


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