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九度山訪問記①

季節と時節でつづる戦国おりおり第436回

 紀州九度山といえば真田昌幸・信繁(幸村)父子配流の地。行こう行こうと思いながら行きそびれること16年。3回目の訪問であります。16年も経つとあちらこちら面目を一新しており、なかでも紀ノ川沿いに新しく出来ていた道の駅「柿の郷くどやま」は2004年に世界遺産登録の「紀伊山地の霊場と参詣道」のアピールのため2014年にオープンしたそうで、南海高野線の九度山駅と対となって九度山の町を挟む位置にあり、この2ヶ所を起点として行動できるのは大きいです。
 道の駅から丹生川に架かる丹生橋を渡り坂を東に登るとやがて平地となり、左に九度山・真田ミュージアムが見えます。

4年前の大河ドラマ「真田丸」に合わせて開館された同館。運営の方にお尋ねしたところ、
かつては民家だったそうで、それもその筈周辺はすべて住戸に囲まれていました。
こぢんまりとした規模ながら、真田家の歴史を時系列で分かりやすく簡潔に展示しており、いろいろなからくり仕掛けが施された真田忍者屋敷もアトラクションっぽくてお子様方が喜びそうですね。というか、訪問の折りは筆者も含めて中高年ばかりが楽しそうにあれこれいじっておりましたが(笑)。
 真田丸跡にある大阪明星学園から寄贈された真田丸のジオラマも展示されていますが、これがなかなか良い出来です。我が家にも飾りたい!

 ミュージアムを出てさらに東へ。右の真田庵に入りましょう。

慶長5年(1600)第二次上田合戦で10倍近い徳川秀忠軍を相手に上田城を守りきった真田昌幸は、関ヶ原決戦で味方の石田三成らが敗北したため降伏を余儀なくされて高野山に流罪となり、この地に侘び住まいを定めたのです。

敷地内には、信繁が雷を退治して封じ込めたという井戸が。本当に雷さまを井戸に監禁したら、水脈をたどって村の各戸に高圧電流が広がり、大変なことになりそうですね(笑)。

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橋場 日月

はしば あきら

はしば・あきら/大阪府出身。古文書などの史料を駆使した独自のアプローチで、新たな史観を浮き彫りにする研究家兼作家。主な著作に『新説桶狭間合戦』(学研)、『地形で読み解く「真田三代」最強の秘密』(朝日新書)、『大判ビジュアル図解 大迫力!写真と絵でわかる日本史』(西東社)など。


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