【安全な避妊薬のない江戸時代に起きた悲劇】 | BEST T!MESコラム

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安全な避妊薬のない江戸時代に起きた悲劇

江戸の性 第101回

イラスト/フォトライブラリー

『江戸の性事情』(ベスト新書)が好評を博す、永井義男氏による寄稿。

 男と女の性生活については、江戸時代も現代も基本的には同じといえよう。体の構造や仕組みは変わらないからである。

 しかし、決定的な違いがあった。それは、避妊である。

 江戸時代、コンドームなどの避妊具や、ピルなどの避妊薬がなかった。また、望まぬ妊娠をした場合も、現代のような母体に安全な中絶法はなかった。望まぬ妊娠をした場合の悲劇は多かったし、たいていは女が犠牲になった。

 そんな例を『怪談老の杖』(宝暦のころ)から紹介しよう。

 江戸近郊の裕福な農家に、お柳という娘がいた。農村では夜這いが盛んなため、両親は娘を案じて、江戸の旗本屋敷に奉公させることにした。武家屋敷であれば風儀がきびしいため、娘が男に迫られることはなかろうと思ったのである。

 しかし、実際は、江戸の武家屋敷でも夜這いは横行していた(連載第1回「 夜這いが原因で起きた江戸時代の殺人事件」参照)。

 旗本屋敷に関助という草履取りがいた。

 関助はお柳に目をつけ、夜這いをかけてものにしてしまった。その後は、「いずれ夫婦になろう」と甘いことを言い、両親がお柳に持たせた着物類などもだまし取り、質入れしてしまった。

 そうするうち関助は素行が悪いことから、旗本屋敷から追い出されてしまった。関助があらためて駿河台にある御殿医のもとで奉公を始めたのを知るや、お柳も旗本屋敷から暇をもらうと、この医師の屋敷に下女として雇ってもらった。

 その後、ふたりは誰はばかることなく房事を楽しんでいたが、お柳が身ごもってしまった。困った関助は子おろしの薬(堕胎薬)を入手し、女に呑ませた。すると、お柳は体調を崩し、起き上がれないほどの状態になった。

 主人の医師はお柳を診察し、「この病状では、十に一つも助かる見込みはあるまい」と見て、せめて親元で死なせてやろうと考え、お柳を実家に送り届けた。

 家に戻ってから十日ほどして、お柳は苦悶のうちに死去した。娘はいきさつをいっさい話さなかったため、両親は病気で死んだとばかり思い込んでいた。

次のページその後、関助のもとにお柳の幽霊が現われ……

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永井 義男

ながい よしお

小説家、江戸文化評論家。1997年『算学奇人伝』で開高健賞受賞。時代小説のほか、江戸文化に関する評論も数多い。著書に『江戸の糞尿学』(作品社)、図説吉原事典(朝日新聞出版)、江戸の性語辞典(朝日新聞出版)など。


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