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ねじれる左派・右派と「愛国」の構図。「トランプ現象」以降のアメリカ

反トランプデモとアメリカの愛国

■トランプのナショナリズムにはない「ロマン主義」的側面 

 元首が存在し、権力によってある一定の領域を統治するための官僚機構を備え、国民によって構成されるという、私たちがよく知っている国家の形は、近代になって形成された。
 中世まで身分や職業、宗派、地方ごとの文化的な違いによってバラバラだった人々を一つの国民として束ねるために機能したのが、近代のナショナリズムである。その際、建国の神話や民族の起源などが、共通の物語として活用されることもあった。それは時としてナチスが掲げた「血と土」の神話のように、ロマン主義的な要素を強く持つことがあった。

 近代とは科学的思考や理性を重視する合理主義によって形成された時代であると同時に、理性に反発して感情や非合理的なものを重視するロマン主義によって形成された時代でもある。
 近代国家もまた、合理的でシステマティックな官僚機構を築き上げ、私的な価値に介入しない純粋な法機構としての側面を強めていくと同時に、人々の心に訴えかけるようなナショナリズムの衝動によって突き動かされる側面を持つという意味では、合理主義とロマン主義という相反する思潮の両輪によって成り立っていたと言える。 

 ところが、トランプ流のナショナリズムには、近代のナショナリズムに見られたようなロマン主義的な側面がほとんど見られない。トランプが主張する「アメリカ・ファースト」とは、あくまでもアメリカの利益を第一にするという意味が強いものであり、実利を重視したものである。アメリカの建国の理念や、過去の偉人たちに言及することも皆無ではないが、あったとしても申し訳程度だ。それは、彼自身の主張や行動が、本質的にはアメリカの理念に相反するものだということを、強く自覚しているからなのではないか。

 アメリカという国家は、元々はその土地にいなかった移民たちによって独立革命が起こされ、「建国」が行われた国であり、合衆国である点で、世界の他の国家とは異なる性質を持つ。それ故、アメリカにおける保守主義も、国家主義的な志向を持つというよりも、国家から個人が介入されない自由を主張する考え方や、キリスト教の戒律を厳格に守ろうとする考え方など多様なものがあり、一概に規定することはできない。

 だが、アメリカは自由で平等な権利を求めるために建国されたこと、市民の誰でもが参加できる開かれた民主主義によって運営されてきたこと、白人たちの多くの先祖が何代か遡れば移民として大西洋を渡ってきたこと、これらの理念がアメリカの理念として共有されてきた。

 ワシントン、フランクリン、ハミルトン、ジェファソン、マディソン、アダムズといった政治家は「建国の父」と呼ばれ、その思想は今も大きな影響を及ぼし続けている。リンカーンやケネディといった歴代の大統領が行った演説の言葉はアメリカ人の胸に深く刻まれ続けている。また、それらと同じくらい、キング牧師の言葉や行動は、アメリカの理念を表したものとして国民の敬意を集めてきた。

 このようなアメリカの理念を形作ってきた者達が行ってきたのが、「より多くの人により開かれた自由を与え、より平等な権利を保障するための活動」である。そもそも、アメリカという国家の理念が、自由、平等、民主主義、そして移民によって生み出された国家という考えから成り立っているため、アメリカへの「愛国」もそういった理念に対する信奉と、実現のための活動という形として現れることがある。その理念は、建国と歴史を神話的なイメージで捉え直したロマン主義的なものでもあるだろう。

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大賀 祐樹

おおが ゆうき

1980年生まれ。博士(学術)。専門は思想史。

著書に『リチャード・ローティ 1931-2007 リベラル・アイロニストの思想』(藤原書店)、『希望の思想 プラグマティズム入門』 (筑摩選書) がある。


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