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オバマの「チェンジ」とは後退だったのか?――退任演説から見えた民主主義の哲学

アメリカが求めた「チェンジ」の正体

アメリカに根づくプラグマティズムという文化

 このようなオバマの言葉や考え方は、建国以来の理念に忠実であるという点で、極めて「アメリカ的」だと言えるだろう。このアメリカ的な思想を表す哲学としてプラグマティズムが挙げられる。昨年6月の記事「オバマ大統領の論理とプラグマティズムの精神」でも述べたが、オバマの言葉や行動の背景には、意識的にせよ無意識にせよ、アメリカ独自の哲学であるプラグマティズムの影響が見て取れるのである。

 哲学とは、唯一の真理を探究するものである。プラトンやアリストテレスなどの古代ギリシャ哲学の時代からデカルトやカントなどの近代哲学の時代まで、真理は人間が生きている世界を超越した場所にあり、行動よりも思惟によって発見されると考えられてきた。発見された唯一の真理は、究極で普遍的な答えとなるため、ありとあらゆる問題を一気に解決できるものとなる。

 それに対して、19世紀アメリカでチャールズ・S・パース(1839~1914)によって提唱され、ウィリアム・ジェイムズ(1842~1910)やジョン・デューイ(1859~1952)らによって発展させられたプラグマティズムは、現実に行われた実験や観察の結果からその場ごとの暫定的な真理を導き出す哲学である。

 ある問題に対して真理とされた答えは唯一絶対のものではなく、様々な仮説の中から最も上手く説明できるものが採用される。その真理は究極の答えではないため、異論にさらされ、より上手く説明できるものへと改良されていくこととなる。そのための開かれた議論を行うためにも、科学的で知性的な姿勢や、他者の異論を認める民主主義的な態度が必要となるのだ。

 こういったプラグマティズムの哲学は、植民地時代に入植した人々が自力でコミュニティを作り上げ運営してきた際に育まれた文化や、建国以来の民主主義の精神を少なからず反映したものであり、逆に、20世紀以降のアメリカの政治、社会に影響を与えた思想でもある。

 デューイは「成長こそが唯一の目標」と論じた。哲学では伝統的に、アリストテレスの目的論やヘーゲルの弁証法に見られるように、変化や成長、進歩は、全ての動きが最終的に静止するような究極の目的に向けたものとされてきた。
 それに対して、デューイが言う「成長」とは「目的なき進化」のことである。真理が常に暫定的なものでしか有り得ないのであれば、人間はいつもどこかに問題を抱え続けていかなければならない。しかし、人間は知性によって探究を行い、複数の人が協働して力を合わせて異論を出し合いながら議論を行って、少しずつ問題を解決していくことができるのである。

 アメリカを一つの壮大な実験ととらえ、問題に直面した時こそ知性と連帯によって乗り越えていく。こういったプラグマティズムの文化は、絶え間ない「チェンジ」と人々の「生き方としての民主主義」の力を主張するオバマの言葉を通底するものとなっている。

 たしかに、現代の状況は「二歩進んで一歩後退」どころか、もっと大きな後退をしているのかもしれない。ただ、問題に直面した時こそ、さらなる前進と「チェンジ」を起こすための新たな答えを見つけられる時でもある。オバマの退任演説の言葉は、アメリカ国民一人ひとりに対して、希望の道筋を示し、民主主義への参加を促すためのメッセージだったと言えるだろう。

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大賀 祐樹

おおが ゆうき

1980年生まれ。博士(学術)。専門は思想史。

著書に『リチャード・ローティ 1931-2007 リベラル・アイロニストの思想』(藤原書店)、『希望の思想 プラグマティズム入門』 (筑摩選書) がある。


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