この第1局終了後も、まだイ・セドル九段の最終的な勝利を信じていた人のほうが多かったと思います。しかし、第2局も第3局もアルファ碁が勝利してしまいました。第3局終了後の短い記者会見で、絞り出すような声で自らの敗北を謝るイ・セドル九段の姿は何か痛々しいものでした。しかし、第4局ではイ・セドル九段が一勝。辛うじての一勝でしたが、この一勝は印象的な試合でした。なぜならば、それまでの3局同様アルファ碁が有利にゲームを進めていたのに、イ・セドル九段のある手を境にしてアルファ碁の手がどんどん乱れていってしまったからです。韓国のプロ棋士の中にはこの試合のターニングポイントになったイ・セドル九段の一手(白78の割り込み)を「神の一手」と評するものも現れたほどでした。囲碁プログラムの専門家の目には、後ほど説明する「モンテカルロ木探索」という手法の、悪いところが露呈した対局に見えました。

 対局前の2月に行われた記者発表会では、楽観的な発言をしていたイ・セドル九段ですが、試合が進み負けるごとにその表情は厳しくなりました。敗北が確定した後の第4局で勝利した時にはさすがに笑顔を見せましたが、全体としてはアルファ碁の強さを世界中にまざまざと見せつける結果となりました。第3局終了後の記者会見では、全対局の英語解説を担当していたマイケル・レドモンド九段が、日本の江戸時代の天才棋士道策や昭和3年に中国から日本へ来て大活躍した呉清源などを引き合いに出して、「彼らに匹敵するような、そして囲碁の歴史を塗り替えるような新しい布石や囲碁の打ち方が、アルファ碁か
ら繰り出されるかもしれないという可能性を垣間見た」と述べていたのが印象的でした。

 <ベスト新書『アルファ碁はなぜ人間に勝てたのか(斉藤康己著)』より抜粋>

*アルファ碁の仕組みとAIの最前線については、本書が詳しい。