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柳美里・独占インタビュー「福島・南相馬の暮らしが豊かな理由」

ささやかではあるけれど、充実した生活

2016年7月12 日、原発事故の影響で南相馬市小高区に出ていた避難指示が解除されました。
福島・南相馬に転居して1年と8ヶ月……最新刊『人生にはやらなくていいことがある』(ベスト新書)を刊行した柳美里さんが語る、原発事故が損なったものとは――。

原発事故が毀損した、丁寧な暮らし

――柳美里さんが、以前にお住まいだった鎌倉から南相馬に移られて、不便に感じることはありましたか?

撮影/柳美里(南相馬にて)

 全くないです。不便というのは、自分が必要とするものが無い、という状態ですよね。私に必要なものは何だろうと考えたときに、ここに居て足りないものはありません。ただ、映画館で映画を観たいと思っても、南相馬には映画館がありませんね。でもそのときは、逆に東京に旅行に行けばいいんじゃないかと思うんです。

 新幹線がなかった時代は大変だったでしょうけれど、今は南相馬から福島駅まで高速バスで2時間弱、そこから新幹線に乗り換えて1時間半で東京に出られます。バス代が1300円、新幹線の自由席は8430円、片道1万円ですね。東京にはビジネスホテルもたくさんあります。

 南相馬のような田舎で暮らして、月に一度ぐらい2泊3日で東京に映画を観に行く、という暮らしの方が豊かなのではないかと思いますね。

 

――原発事故の影響で南相馬市小高区に出ていた避難指示が、2016年7月12 日に解除されましたね。

 原発事故以前は、小高区の住民は1万人強だったんですけど、避難指示解除で戻った住民は約1割です。それも高齢者の方が多いので、このままでは町が成り立たないかもしれません。もともとは3世帯、4世帯が同居していた大家族のお年寄りだけが帰ってきているんですね。本当は息子夫婦や孫たちと一緒に暮らしたいのに、息子や嫁に「帰ってきて欲しい」とは口が裂けても言えない、ということなのです。

 丁寧に生きていた人たちのささやかではあるけれど充実していた暮らしが、経済原則の権化のような原発に毀損されてしまった現実というのは、悔しいとしか言いようがありません。

 除染が進めば進むほど、仮置き場のフレコンバッグは増えていきます。「以前は散歩が好きだったんだけど、黒いフレコンバッグが目に入ると気が塞ぐから出歩かなくなった」というお年寄りもいらっしゃいます。でも、私は、この町で、美しいものに顔を向けます。汚いもの、暗いものから目を逸らすのではなく、それらを視界に入れながら、「美」に顔を向ける。自分の人生を振り返ると、ずっとそうやって生きてきたように思います。この町では、「美」は至るところにあるのです。

 広い空が美しい。阿武隈山地のなだらかな稜線が美しい。そして、何よりも人の人としての在り方が美しいのです。

芥川賞作家・柳美里、最新刊『人生にはやらなくていいことがある』(ベスト新書)の刊行を記念して「柳美里新聞」を発行、全国書店にて配布中!!
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柳 美里

ゆう みり

1968年生まれ。高校中退後、東由多加率いる「東京キッドブラザース」に入団。役者、演出助手を経て、86年、演劇ユニット「青春五月党」を結成。93年『魚の祭』で岸田國士戯曲賞を最年少で受賞。97年、『家族シネマ』で芥川賞を受賞。著書に『フルハウス』(泉鏡花文学賞、野間文芸新人賞)、『ゴールドラッシュ』(木山捷平文学賞)、『命』、『8月の果て』、『雨と夢のあとに』、『グッドバイ・ママ』、『JR上野駅公園口』、『貧乏の神様』、『ねこのおうち』、『まちあわせ』他多数。

写真/大森克己



 

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  • 柳 美里
  • 2016.12.10