ドナルド・トランプを知るためには、ヒューイ・ロングを知らなければならない。 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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ドナルド・トランプを知るためには、ヒューイ・ロングを知らなければならない。

アメリカ大統領選挙を1930年代のポピュリズムから占う

ファシズムを成り立たせる「民衆」という存在

 ロングの存在や政治的手法は、たしかにヒトラーやムッソリーニのようなファシズムに近いものがあった。だが、本稿で参考にした三宅の著作では、それ以外にもロングを支持する民衆や、ロングと対決したルーズベルトに、そして当時のアメリカ民主主義そのものや、日独伊のファシズムと対決する戦時のアメリカ民主主義の内部にも、ファシズムが存在したと述べられている。

 ファシズムや独裁は、ヒトラーにしろ、ムッソリーニにしろ、ロングにしろ、強力なパーソナリティとカリスマを持った個人によって率いられることが多い。だが、独裁者に喝采を与え、権力を移譲するのは民衆である、

 権力への野心を抱いた者は、民衆を扇動して権力を得るために、大企業や国際金融資本にせよ、異民族にせよ、国際共産主義にせよ、あるいは国内の特定の集団や個人にせよ、敵を仕立てあげ、自らをその敵の陰謀と対決する闘士として演出し、民衆の味方としてパターナリスティックに利益を分配する。それを、民衆は喝采して受け容れ、始めは正当な手続きに則って権力を手にする。

 民主主義的な体制では、多様な立場の者が議論に参加して反対意見も多く出されるために、提案した政策がスムーズに実現されなかったり、廃案に追い込まれたりする。権力を握った扇動者は、反対者を民衆の敵の陰謀に動かされる手先として糾弾し、追放する。「民衆のための政策」がスムーズに実行されるようになれば、民衆の支持はますます集まる。やがて、彼は全ての権力を集中させ、独裁者となっていくのである。

 ロングと対決したルーズベルトも、自身の政敵を露骨に追放しようとしたり、軍事介入という強硬手段まで考えていた。その思考には、既にファシズムの芽が潜んでいたのである。

 

 ロングとトランプを比較した時に言えるのは、どのようなことだろうか。外交問題に対して積極的な発言を続けるトランプに対して、ロングは数年後に世界大戦が始まるという時代の中で、どちらかと言うと内政重視であったため、外交の手腕は未知数である。また、当時の南部人としては黒人に寛容であったとされているが、これも弱者の立場に立つ姿勢をアピールするためだったかもしれない。ロングの敵は、あくまでも大企業や金融資本であり、これは彼が生まれ育った時代と地域に根付いていた初期の「ポピュリズム」からの影響があったのだろう。

 トランプは、移民やイスラム過激派を敵視し、アメリカ国民の利益を第一に掲げている。彼の政策には、年収2万5千ドル以下の低所得者の所得税を免除して富裕層への徴税を強化するというものが含まれており、共和党の主流派と違って再配分的な要素がある。彼自身も超富裕層であることがロングとは大きく異なる点だが、ウォール街とべったり結びついているという印象を持たれてはいない。そもそも、トランプはかつて民主党政権に献金をしている。

 いずれにしても、両者はアメリカにおける多数者である、貧しい民衆の立場に立ち、その利益を第一にすることを主張する。だが、それは彼らの思想信条に本質的に基づくものというよりも、権力の座を得るために、多数者からのウケを取ることを目的として主張されたものなのではないだろうか。そういった意味で、ロングもトランプも、大衆迎合の「ポピュリズム」を体現した存在だと言えるだろう。

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大賀 祐樹

おおが ゆうき

1980年生まれ。博士(学術)。専門は思想史。

著書に『リチャード・ローティ 1931-2007 リベラル・アイロニストの思想』(藤原書店)、『希望の思想 プラグマティズム入門』 (筑摩選書) がある。


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