ノムさん流・再生の仕方。どん底を味わった人間は、変わる「勇気」が簡単に持てる―― |BEST TiMES(ベストタイムズ)

BEST TiMES(ベストタイムズ) | KKベストセラーズ

ノムさん流・再生の仕方。どん底を味わった人間は、変わる「勇気」が簡単に持てる――

変わる「勇気」を持てた人間だけが成長できる

 

 

◆変わる「勇気」を持てた人間だけが成長できる

 山﨑は最初、私が楽天の監督に就任したときに、「俺は野村さんとは絶対に合わないな」と感じていたようである。
 確かに私と会うまでの野球に対する山﨑のスタンスは、私とは対照的だった。水と油と言ってもいいだろう。
 では、そんな山﨑が、「おまえ、もっと頭を使わんかい」という私の言葉をなぜ素直に受け入れたのだろうか。おそらく技術的にも体力的にも落ち目になっていることを、山﨑自身が自覚していたからだと思う。
 これがもし山﨑が中日でバリバリ活躍していた若いころに「おまえ、もっと頭を使わんかい」と私が言ったとしても、きっと反発しかなかったはずだ。 

 人は、物事がうまく進んでいるときには、聞く耳を持たないものである。
 そんなときには、何を言っても効き目はない。
 「素質だけで野球をしていたら、いずれ頭打ちになるぞ」ということがわかっていても、黙って見ているしかないのだ。
 しかし、人は一度挫折をして暗闇の中に放り込まれると、必死で光を求めようとする。
 こちらの言葉に聞く耳を持ってくれるのは、このタイミングだ。
 だから選手を伸ばすうえでいちばん大切なのは、タイミングをしっかりと見ながら言葉掛けをすることである。

 実は私は、他球団を放り出されて移籍してきた選手を再生させるのは、さほど難しいことではないと思っている。

 彼らは現状のままでは、自分には先がないことをよくわかっている。再生のためのヒントを必死に求めている。
 だから山﨑武司は、「もっと頭を使わんかい」という私の言葉を反発をせずに受け入れてくれたのだ。
 崖っぷちに立たされている彼らにとっては、もはや失うものは何もない。今までの自分から変わることは何ら怖いことではない。だから変わることができ、再生できるのである。
 
 一方、中途半端な安定を手に入れている選手ほど、変わることを怖がるものである。
 たとえば毎年2割5分前後の打率を上げているバッターがいたとする。しかし2割5分程度では一流のバッターとはいえない。よほど守備がうまくなければレギュラーの座も確約されないだろう。バッターは、3割を打てるようになってこそ、初めて一流といえる。
 そのためには今の自分から変わるしかない。
 ところが私がこうした選手に、「変わらなければ現状維持のままだろう。思い切って変われ」とアドバイスをしても、躊躇してしまう選手のほうが多い。
 変わることによって一流選手の仲間入りをする可能性よりも、変わったために失敗をして、現状よりも状況が悪くなるリスクのほうに意識が向くようなのである。
 つまり変わる「勇気」が持てないのだ。

 しかし、変わらなければ人は成長しない。進歩とは変わることである。
 変わることができない選手は、やがて変わる勇気を持ったほかの選手に追い抜かされてしまうことになるだろう。
 自分は「現状維持でもいい」と思っているのかもしれないが、みんなが成長を目指して戦っている競争社会において、現状維持であることは、後退を意味するからだ。
 逆に前の球団で「戦力外」の烙印を押されて移籍してきた選手は、変わるための「勇気」を持つ必要さえなく、大胆に変わることができる。
 変わらない限り、自分には未来がないことがよくわかっているからだ。これはどん底を味わっている人間、苦労をしている人間ならではの強みである。

 だから一度落ちた選手を再生させるのは、そんなに難しいことではないのである。彼らの危機感と悔しさを利用しながら、ほんのちょっと「気づき」になる言葉を与えてあげればいいだけなのだ────。

『凡人の強み』より再構成

オススメ記事

RELATED BOOKS -関連書籍-

凡人の強み (ワニ文庫)
凡人の強み (ワニ文庫)
  • 野村 克也
  • 2016.02.20