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「ポピュリズム」が絶対悪だと言い切ることはできない

民衆が熱狂してしまう理由と、社会を変える可能性

19世紀末のアメリカが掲げたポピュリズムとは? 

 だが、「ポピュリズム」は必ずしも全面的な悪であるとは言い切れない。民衆の不満が、時に社会改革の契機となることもあるからである。

 アメリカ史において「ポピュリズム」という言葉は、19世紀末に「ポピュリズム」を掲げて西部と南部の農民を中心として支持を集めた「人民党(The People's Party)」によって行われた運動を指すこともある。

 この19世紀末の「ポピュリズム」は、やがて20世紀初頭の「革新主義運動(progressive movement)」(市政や州政府を牛耳り腐敗や浪費を生み出していた政治マシーンの追放、マシーンやボスの拠点となっていた酒場を取り締まるための禁酒法運動、女性への参政権拡大など)や、1930年代の「ニューディール」へと継承されていくこととなる。

 『アメリカの反知性主義』などの著作で知られる思想史家のリチャード・ホーフスタッター(1917~1970)は、『改革の時代――農民神話からニューディールへ』において、アメリカには小さな農場を持ち家族で助け合いながら耕作する独立自営農民こそが理想的な人間であり理想的な市民であるとする「農民の神話」があり、アメリカ人の思想を育ててきたと指摘した。

 19世紀末には工業化と都市化、建国期とは異なる地域(南欧や東欧など)からの移民の流入によって、その神話と現実との乖離が大きくなっていく。一方、アメリカの農民たちは、新たな土地を求めて西ヘ西へとフロンティアを開発し続け、政府によって「フロンティア消滅」が宣言された1890年以後も、新たな農場を開発し続けていった。

 そのような状況の中で、農民たちは「グレンジ」と呼ばれる互助組織を結成して、鉄道運賃や倉庫料を規制する法律を州レベルで制定させたり、複数の「農民同盟」を結成して実際に議会に多くの議員を送り込んだりするという運動を行ってきた。また、農場開設のために多額の負債を負っていた農民たちは、通貨量の増大を要求する政党「グリーンバッグ党」を支持した。

 1880年代末に農業不況が到来すると、「グレンジ」「農民同盟」「グリーンバッグ党」そして初期の労働組合である「労働騎士団」などが一つにまとまり、1892年に「人民党」が設立される。同年7月の独立記念日に行われた第一回全国大会において採択された綱領では、次のような文句で「エスタブリッシュメント」への激しい怒りが表現された。

 

「腐敗は投票箱を、州立法部を、連邦議会を支配し、司法部の法服にさえ手を触れる」

「人類に対する共同謀議(金本位制の導入)が二大陸間(ヨーロッパとアメリカ)で行われている」

「二大政党を支配する勢力がこの恐るべき状態を抑止するための真剣な努力をせずに見逃してきたことを、われわれは非難する」

「二大政党を支配する勢力は、資本家、大企業、連邦銀行、トラスト、高利貸などの横暴を見失わせようとし、略奪された人民の叫びを押し沈めようと提議している」

「この共和国の政府を、その起源をなした階層、すなわち『平民』の手に回復することを、われわれは求める」

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大賀 祐樹

おおが ゆうき

1980年生まれ。博士(学術)。専門は思想史。

著書に『リチャード・ローティ 1931-2007 リベラル・アイロニストの思想』(藤原書店)、『希望の思想 プラグマティズム入門』 (筑摩選書) がある。


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