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査定の基準がわからん 信長暗殺未遂事件・佐々成政の場合

鈴木輝一郎 戦国武将の史跡を巡る 第7回

岐阜在中の歴史作家・鈴木輝一郎がゆるりとめぐる、戦国武将の史跡。

つい見落としてしまいがちな渋い史跡の数々を自らの足で訪ね、

一つ一つねぶるように味わい倒すルポルタージュ・ブログシリーズ開幕!

信長のよくわからん人事考査。そりゃ謀反も起きるよ…

 

それにしても信長ってのは暗殺未遂事件が多い。

いやまあ、何度も暗殺される奴ぁいませんが。

佐々成政(?-1588)は信長の馬廻衆(親衛隊)出身。

信長の精鋭中の精鋭です。

それでも信長を暗殺しようとするんだから、信長は本当に人望がない。

『信長公記』にある話だから、信頼してもいいでしょう。

弟織田信行(信勝)の反乱を鎮圧し、桶狭間で今川を撃退したあとの、ある年の正月のこと。

信長もまだまだ若造だったころの話。

佐々成政の居城ちかくの「あまが池(蛇池)」で、鹿のような角をはやした大蛇が目撃された。

この池は今も名古屋市西区山田町比良にあります。

写真は7月のものですが、蓮の花が満開できれいなところです。

 

 

それを聞いた信長は「だったら俺が探しだしてやる」と、正月下旬の寒い時期に近隣の村人に召集をかけて池の水を汲みださせた。

これが琵琶湖ならともかく、小さな池ですから、やがて自分でも池にとびこんで蛇をさがしたけれど、「そんなもんおらんがや」と言って(はしょって書いてますが、粘着質な信長らしく、かなり徹底的に大蛇をさがしてます)、どこにも立ち寄らずに自分の居城に帰った。

実はこのとき、佐々成政による織田信長暗殺計画が立てられていたんですね。

 

 

「信長がこのクソ寒いときに、わざわざ謎の大蛇の正体を確かめるためだけにくる訳がない。これは、帰る途中に俺の居城をとりあげるつもりだ」

と被害妄想に陥ったので、佐々成政の家老が、「ならば信長様がこの城を訪れたとき、拙者が誘いだして信長様を暗殺いたしますのでご安心を(『信長公記』によれば本当にそう言った)」と提案した。

ところが信長は、本当に蛇退治のためだけにきたので、どこにも立ち寄らずに清洲に帰り、暗殺計画は失敗におわったんでありました。

 

 

この暗殺未遂事件に関しては、信長も悪い。

家督相続前の子供ならいざしらず、三十すこし前の分別盛りの男が、

たかが幻の大蛇探しのために真冬に動員かけるのに、下心がないと思わないほうがどうかしてますわな。

ちなみにこの話が『信長公記』に残されてる、ってことは、かなり幅広く知られた事件なんでしょう。

でも信長が佐々成政を処罰した形跡は見あたらない。

信長は生前、佐々成政を高く評価していました。

謀反を起こした柴田勝家を重用したりとか、信長の人物評価の基準はよくわかりませんな。

だからのべつまくなしに謀反を起こされるのだ、ともいえるのかなあ。

「どう評価するかわからん上司」ってのは、やりにくいもんですからな。

<了>

 

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鈴木 輝一郎

すずき きいちろう

作家

1960年岐阜県生まれ。小説家。歴史小説『浅井長政正伝』『戦国の凰 お市の方』など著書多数。2008年には著作が50冊に達した。

日本推理作家協会・日本文藝家協会・日本冒険作家クラブ会員。


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