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「田中さんは敗戦による民主主義の申し子のような政治家だ」
首相時代の竹下登はそう答えた

ベスト新書15周年フェアの1冊、『変貌する自民党の正体』(田原総一朗著)が6月9日発売! 自民党の裏の裏まで知り尽くした田原総一朗による自民党論。

「土方、土方というが、土方は一番でかい芸術家だ。パナマ運河で太平洋と大西洋をつないだり、スエズ運河で地中海とインド洋を結んだのもみんな土方だ。土方は世界の彫刻家だ」
 これは、工事現場でトロッコ師の仕事をしていたとき、一緒に現場で働いていた老工夫に聞かされた言葉だという。

 もうひとつは、田中が通った小学校の校長で、終生にわたって心の師と仰いだ草間道之輔に教えられた言葉である。
「人間の脳とは数多いモーターの集まりである。普通の人間はそのなかの10個か15個のモーターを回しておけば生きていける。しかし、脳内のモーターは努力しさえすれば、何百個でも何千個でも回せる。それは勉強することであり、数多く暗記することである。人間一人ひとりの脳のなかには、世界的学者である野口英世になれる力があることを忘れてはならない」
 この言葉からは「人間の潜在力には限りがなく、努力をすれば不可能なことはない」という強いメッセージが発せられている。
 田中は恩師の教えを大切にした。広辞苑をはじめ、六法全書、英和辞典、漢和辞典、そして江戸小唄に至るまで、何でも1ページずつ破いてはポケットに入れて暗記する。暗記したら次のページを破るという方法で、片っ端から頭のなかに叩きこんだのである。

■55年体制をぶち壊した政治家

 警察官僚から田中に勧められて政治家となった後藤田正晴は「田中さんの知っている英単語の数には、ぼくらはとても敵わなかった」と告白している。
 田中角栄という政治家を戦後政治史にどう位置付けるか。田中を無名の時代からよく知っている元国土庁事務次官の下河辺淳に聞いたところ、「一言で言えば、55年体制をぶち壊した政治家です」と答えた。55年体制とは第一章に記したように、自民党と社会党が保守と革新というイデオロギーによる対立構造で勢力を拮抗させた体制のことである

 吉田茂以後の歴代の首相は、2か月という短期政権となった石橋湛山を除いて、すべて旧帝国大学を卒業し、高級官僚を経て政治家となったエリートばかりだった。官界や財界も旧帝国大学出身者が仕切っていたので、彼らはその学閥によって政財官三位一体のピラミッドの頂点に君臨したわけである。
「自民党が社会党という政権奪取の能力はおろか、野心も気力もない政党を疑似ライバルとして格好づけるのが国会対策の基本でした。そして、党内では資金集めなどの汚れ仕事を大野伴陸、河野一郎、川島正次郎ら党人の実力者に任せて、エリートは手を汚さない。汚れ役はさんざん働かせ、しかも絶対に首相にはしないで、使い捨てる。これが55年体制です。いやらしいけれども万全の体制です」

 田中も早くからエリートたちの役に立つ政治家として認知され、歴代の首相にも重宝がられたが、他の党人政治家たちと同じように使い捨てられる運命にあったはずだ。
にもかかわらず、大野や河野と違って首相にまで上り詰めることができたのはどうしてなのか。なぜ55年体制をぶち壊すことができたのか。
 竹下はこう答えた。
「角さんのすごいところは法律をやたらに勉強していて、実に詳しく知っていたことです。33本もの議員立法を行なっていて、これはもちろん史上最多だし、おそらく今後も破られない記録でしょう。これは池田勇人さんや佐藤栄作さんにもできなかったことです。その意味では今までにない新しい形の政治家でした。
 それと、官僚機構を思いのままに使いこなせたということです。党人派の政治家は官僚の扱い方が決定的に下手で、官僚にバカにされているというコンプレックスもあって、恫喝や人事で強引に従わせようとする。しかし、角さんは官僚を見事に味方にした」
 このとき、竹下は話を半分以上、自分自身と重ねて語っていたと思う。田中のように議員立法こそしなかったものの、竹下も官僚の使い方が実にうまかった。
 田中は課長以上の官僚の誕生日をはじめ、結婚記念日や子どもの誕生日などを全部知っており、記念日にはちゃんと贈り物をしたのだった。しかも、田中はそれらを全部、記憶していたのだった。
 竹下は覚えることができないので、有名な「竹下の巻き紙」というのを作って、それに全部書き記していた。
 

田原 総一朗(たはら そういちろう)

ジャーナリスト。1934年滋賀県生まれ。60年早稲田大学文学部卒業。同年岩波映画製作所入所。64年東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数。著書に『日本の戦争』(小学館)、『塀の上を走れ 田原総一朗自伝』講談社)、『安倍政権への遺言 首相、これだけはいいたい 』(朝日新聞出版)、『変貌する自民党の正体』(KKベストセラーズ)など多数の著書がある。

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たはら そういちろう

ジャーナリスト。1934年滋賀県生まれ。60年早稲田大学文学部卒業。同年岩波映画製作所入所。64年東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数。著書に『日本の戦争』(小学館)、『塀の上を走れ 田原総一朗自伝』講談社)、『安倍政権への遺言 首相、これだけはいいたい 』(朝日新聞出版)など多数の著書がある。


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