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若者はみんな「時間持ち」【森博嗣】

森博嗣「静かに生きて考える」連載第34回


パンデミック、ウクライナ戦争、安倍元総理の暗殺、ChatGPTの衝撃・・・予測もつかない出来事が絶えず起こっている世界で、私たちがよく観察し、考えるべきこととはなんだろう。森先生の日常世界にそのヒントがたくさんひそんでいるようだ。ふと自分の足元を見つめ直したくなる「静かに生きて考える」連載第34回。


 

 

第34回 若者はみんな「時間持ち」

 

【お金持ちか、時間持ちか】

 

 平均すると、歳を取るほど誰でもお金持ちになる。子供なのに、お金持ちの人は少ないだろう。お金よりも明らかに大事なものは時間だが、こちらは平均すると、若い人ほど沢山持っている。だが、若者の多くは、自分がお金よりも大事なものを沢山持っていることに気づいていないように見える。きっと、「時間なんていくらでもあるのだから、焦ることはないさ」と高をくくっているのだろう。老人が、「金ならあるが、もう時間がないよ」というのと対照的である。

 人間は、生まれたときは、だいたい平等に時間持ちである。もちろん、生まれながらにして不幸な状況を背負っている人もいるけれど、そういうことは、少し生きてから判明する。誕生というのは、可能性に満ちている。

 「時間持ち」は、まるで「鞄持ち」みたいで、日本語として少々格好悪く響くから、本当は「お時(とき)持ち」と丁寧にいう方がよろしい。ただ、耳で聞いたときに、そういうスイーツがあるように誤解されそうなので、ここでは時間持ちと呼ぶことにする。

 時間は、お金ほど融通が利かない。お金のように溜めることができない。今すぐに、しかも少しずつしか使えない。譲ったりもらったりすることもできない。ただ、条件が限られるものの、お金を出して人の時間を買うことはできる。逆に、自分の時間を差し出して、お金に替えることもできる。

 時間もお金も、どちらもそれを持っている人の可能性を高めるものだ。これらを多く持っている人ほど、自分が思い描くものを手に入れることができ、つまり「自由」だといえる。

 ただ、求めるものが人それぞれ違っていて、固まったお金や時間が必要なものと、少なくても継続的にそれらが必要なものがある。お金の場合、前者を求めるには貯める必要がある。後者ならその必要がない。一方、時間の場合、少しずつ消費する対象には向いている。そういった根本的な違いはあるにせよ、大まかに見れば、ほぼ両者は同様の価値を有していて、別の表現で「エネルギィ」と呼んでも良さそうだ。生きている間は、誰もが自分のエネルギィを持っている。その総量が「自由」を支えている。

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森博嗣

もり ひろし

1957年、愛知県生まれ。小説家、工学博士。某国立大学工学部助教授として勤務する傍ら、96年『すべてがFになる』で第一回メフィスト賞を受賞し、作家デビュー。以後『イナイ×イナイ』から始まるXシリーズや『スカイ・クロラ』など多くの作品を執筆し、人気を博している。ほかにも『工作少年の日々』『科学的とはどういう意味か』『孤独の価値』『本質を見通す100の講義』『作家の収支』『道なき未知』『アンチ整理術 Anti-Organizing Life』など著書多数。最新SF小説『リアルの私はどこにいる? Where Am I on the Real Side?』、森博嗣著/萩尾望都原作『トーマの心臓 Lost heart for Thoma』が好評発売中。9月21日に『新装版-ダウン・ツ・ヘヴン - Down to Heaven 』が発売予定。

 

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