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現代人の過剰な他者依存【森博嗣】

森博嗣「静かに生きて考える」連載第33回


パンデミック、ウクライナ戦争、安倍元総理の暗殺、ChatGPTの衝撃・・・予測もつかない出来事が絶えず起こっている世界で、私たちがよく観察し、深く考えるべきこととはなんだろう。森先生の日常世界にそのヒントがたくさんひそんでいるようだ。ふと自分の足元を見つめ直したくなる「静かに生きて考える」連載第33回。


 

 

第33回 現代人の過剰な他者依存

 

【自覚のない他者依存】

 

 たとえば、凄いものを見て感動したとしよう。奇跡的なタイミングの自然の風景でも良いし、世界遺産とかの文化でも良いし、それとも、たった今遭遇したちょっとした面白い出来事でも良い。なにか得をしたような感覚を抱くだろう。素晴らしい、楽しい、面白い。これをちゃんと覚えておこう。いつか思い出して微笑むことができるだろう。そうして、溜息をつき、またこんな体験ができたら良いな、と考える。それが、個人の幸せを組み立てる一つのパーツになっていくことはまちがいない。

 さて、こんなとき、誰かにこれを見せたい。誰かに話したい。誰かに経験させたい。あの人と一緒だったら良かった。写真を撮ってその人たちに見せよう。今度はその人たちをここへ連れてきて一緒に体験しよう。そんなふうに発想する人もいるはず。自分の幸せを分かち合いたい、誰かに分けてあげたい、という親切心からだろうか?

 どうもそれだけではない。自分の幸せを自分だけで噛み締めることができないのだ。素晴らしさを一人では処理できない。誰かに見てもらって、その人が感動する様を確認しないと、本当に幸せなのかどうか判断できない。だから、写真や動画を撮って、他者に見せなくてはならない。

 幸せだけではない。腹が立つような体験も、誰かに教えて、その人たちにも怒ってもらいたい。みんなで一緒に怒ってほしい。そうしないと、自分が怒って良いのかどうか不安だ。「皆さんはどう思いますか?」と問い掛けないと、怒るべきなのか、それとも、我慢をしなければならないのか、判断できない。このような思考、行動をする人が、最近増えているように観察できる。

 自分自身の内から湧き上がってくるはずの感情まで、他者によって支配される状況であり、これは「他者依存」といっても良い。自分以外の人たちに、自分の感情を受け止めてもらおうとする欲求が強くなりすぎ、自分一人では楽しめない、悲しめない、怒れない、笑えない、というような症状を呈する。専門用語ではもちろんない。僕が勝手にそう呼んでいるにすぎない。でも、このような人たちが、あちらこちらで目につく。ネットでの観察だから余計に目立つ。そう、ネットが生活の一部となった現代では、この他者依存が増加しやすいものと想像できる。

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森博嗣

もり ひろし

1957年、愛知県生まれ。小説家、工学博士。某国立大学工学部助教授として勤務する傍ら、96年『すべてがFになる』で第一回メフィスト賞を受賞し、作家デビュー。以後『イナイ×イナイ』から始まるXシリーズや『スカイ・クロラ』など多くの作品を執筆し、人気を博している。ほかにも『工作少年の日々』『科学的とはどういう意味か』『孤独の価値』『本質を見通す100の講義』『作家の収支』『道なき未知』『アンチ整理術 Anti-Organizing Life』など著書多数。最新SF小説『リアルの私はどこにいる? Where Am I on the Real Side?』、森博嗣著/萩尾望都原作『トーマの心臓 Lost heart for Thoma』が好評発売中。9月21日に『新装版-ダウン・ツ・ヘヴン - Down to Heaven 』が発売予定。

 

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