ChatGPT などAI開発は停止すべき!? 「シンギュラリティ」の何が脅威なのか【仲正昌樹】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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ChatGPT などAI開発は停止すべき!? 「シンギュラリティ」の何が脅威なのか【仲正昌樹】

 

■バイデン大統領までAI開発の法規制を検討

  “普通の人間”――そうでない人も多いのだが――であれば、知らないことをさも分かったように語ったり、どういう状況であればどの程度のことを言えばごまかせそうか思案したり、どこでばれそうか判断し、相手によってどう言いつくろおうか考える。GPT-4にはそういうことはできない。平均的な人間が一番やりそうなリアクションの文を見つけてきて、それを文法的に整えて、答えとして示すということを繰り返すだけである。

 SFでよくある、AIがネットワークを支配して、人間に命令するようになるとか、AIが自我に目覚めたので、基本的人権に相当する基本的AI権を検討しなければならないとか、あるいは、カーツワイルが予言している、人間の脳の活動をインターネットと繋がったAIの基盤にアップロードする、といった話にはまだまだ遠い。

 なのにどうして、イーロン・マスクたちが半年間の開発停止を求め、イタリアの当局がGPT-4の使用を一時的に禁止し、それにフランスやドイツが追随する動きを見せ、バイデン大統領まで法規制を検討し始める、といった大げさな話になるのか?

 どうも、GPT-4に関連して、いろんな立場の人が異なった思惑で、全然違う次元の問題について発言しているようである。まず、イーロン・マスク等の公開書簡は、四つの疑問を挙げている:

①「私たちの情報チャンネルをAIの作り出すプロパガンダや偽情報であふれさせていいのか」

②「全ての仕事をAIに明け渡していいのか」

③「非人間の心が、知力の上でも数の上でも私たちを凌駕し、私たちをお払い箱にしていいのか」

④「私たちの文明のコントロールを失っていいのか」

 ③と④はSF的な次元の話である。②はリアルな問題で、現在、多くの経済学者や社会学者たちがしきりと論じているが、AIにとって替わられた後、新しい仕事が生まれるかどうか、仕事がなくなってもBI(ベーシックインカム)などで最低限の生活はできるのか、といったことはどうなるかまだ分からない。GPT-4だけで、急に状況が変化するとは考えられない。

 ①だけは確かに、GPT-4自体と関係のあるリアルなテーマだ。しかし、過去に問題があって凍結になっていたTwitterのアカウントを説明もなしに、凍結解除しているイーロン・マスクがこれを理由に掲げるのは、どうも違和感がある。それに、どうして②③④のような中長期的な問題と並べるのか。焦点がぼやけてしまうのではないか、と思える。

 公開書簡の掲げる要求の是非をめぐるビル・ゲイツとの批判の応酬を見ていると、どうも、もともとOpen-AIに多額の投資をしていて、途中でたもとを分かったマスクには、自分のグループのAI開発との絡みで戦略的な思惑もあるようだ。マスクたちの動機を深読みで詮索しすぎると、陰謀論になってしまうのでそれは控えるべきだが、公開書簡の賛同者の“善意”を素朴に信じないで、どういう利害関係のある人が、具体的に何を求めているのか慎重に見極める必要はあろう。

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✳︎重版御礼✳︎

哲学者・仲正昌樹著

『人はなぜ「自由」から逃走するのか:エーリヒ・フロムとともに考える』(KKベストセラーズ)

「右と左が合流した世論が生み出され、それ以外の意見を非人間的なものとして排除しよ うとする風潮が生まれ、異論が言えなくなることこそが、
全体主義の前兆だ、と思う」(同書「はじめに」より)
ナチス ヒットラー 全体主義

 

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仲正 昌樹

なかまさ まさき

1963年、広島県生まれ。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。現在、金沢大学法学類教授。専門は、法哲学、政治思想史、ドイツ文学。古典を最も分かりやすく読み解くことで定評がある。また、近年は『Pure Nation』(あごうさとし構成・演出)でドラマトゥルクを担当し、自ら役者を演じるなど、現代思想の芸術への応用の試みにも関わっている。最近の主な著書に、『現代哲学の最前線』『悪と全体主義——ハンナ・アーレントから考える』(NHK出版新書)、『ヘーゲルを超えるヘーゲル』『ハイデガー哲学入門——『存在と時間』を読む』(講談社現代新書)、『現代思想の名著30』(ちくま新書)、『マルクス入門講義』『ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義』『ハンナ・アーレント「人間の条件」入門講義』(作品社)、『思想家ドラッカーを読む——リベラルと保守のあいだで』(NTT出版)ほか多数。

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