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考えない人間は葦である【森博嗣】

森博嗣「静かに生きて考える」連載第27回


パンデミック、ロシアのウクライナ侵攻、安倍元総理の暗殺、トルコ大地震、シンギュラリティ・・・何が起こっても不思議ではない時代。だからこそ自分の足元を見つめなおそう。よく観察しよう。時に一人になって、静かに考えて暮らしてみよう。森先生の日常は、私たちをはっとさせる思考の世界へと導いてくれる・・・連載第27回。


 

 

第27回 考えない人間は葦である

 

【オートマティックトランスミッション】

 

 自動車はもうほとんどオートマになった。マニュアル車は絶滅危惧種だ。なにしろ、「オートマ」が何を意味しているのかさえ、知らない人が多い。自動車の何が「自動」なのかわからないのと同じだ。日本人は、略したらもう元の意味がわからない言葉が大好きて、「パーマ」「コンパクト」「モーニング」などもその典型だろう。

 僕はずっと、オートマではない自動車に乗ってきたので、速度やエンジンの回転数を常に気にしてギアをチェンジするのが、自動車の運転の醍醐味の一つだと感じている。しかし、オートマの車を運転する機会も増えた。そんな場合でも、車が自動でギアを変えると「あ、トップからサードに落としたな」と気づくし、前方に上り坂が見えてきたら、どこでギアを変えてくるだろう、と気になる。オートマでも、サードやセカンドに強制的に切り換えることが可能な車もあるし、また、エンジンブレーキとしても使われている。

 先日、日本でバスが下り坂で事故を起こしたニュースをやっていたけれど、運転手はエンジンブレーキを使っていなかった。バスの運転手のようなプロドライバでも、もうギアのことを考えずに運転しているようだ。これは、責められない。むしろ、メカニカルに補助するシステムを考えるべきだろう。

 車を運転しているとき、今はどのギアなのかを考えない人がきっと大多数だとは思う。考えなくても良いようにデザインされている。自動車だけの話ではない。ほとんどの機械が、それを使う人間が考えなくても良いように設計される。技術は、そのために発展してきた。おかげで、本当になにも考えない人が増えている。

 考えない人でも、感じることくらいはするらしい。怒ったり、笑ったり、悲しんだりする。でも、どうしてそういう感情を持つのかまでは、深く考えない。考えるかわりに、今はネットで検索し、同じ感情を抱いた人たちの呟きを見て、「あ、同じだ、良かった」と安心する。この安心も感情的な反応であって、考えてそうしているわけではない。

 音楽や映画で感動したときも、ただ感情的な反応をするだけ。自分が今、どこをどのように感じたのかを考えずに、単なる反応をしているだけの場合が多い。「どうして感動したの?」と尋ねてみても、理由は答えられない。人間もオートマになってしまったようだ。

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森博嗣

もり ひろし

1957年、愛知県生まれ。小説家、工学博士。某国立大学工学部助教授として勤務する傍ら、96年『すべてがFになる』で第一回メフィスト賞を受賞し、作家デビュー。以後『イナイ×イナイ』から始まるXシリーズや『スカイ・クロラ』など多くの作品を執筆し、人気を博している。ほかにも『工作少年の日々』『科学的とはどういう意味か』『孤独の価値』『本質を見通す100の講義』『作家の収支』『道なき未知』『アンチ整理術 Anti-Organizing Life』など著書多数。最新SF小説『リアルの私はどこにいる? Where Am I on the Real Side?』、森博嗣著/萩尾望都原作『トーマの心臓 Lost heart for Thoma』が好評発売中。9月21日に『新装版-ダウン・ツ・ヘヴン - Down to Heaven 』が発売予定。

 

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