「BGMも味のうち?」新保信長『食堂生まれ、外食育ち』【24品目】
【隔週連載】新保信長「食堂生まれ、外食育ち」24品目
近所に昭和歌謡が流れる居酒屋とJ–POPが流れる焼き鳥屋があるが、前者はおいしく後者はイマイチに感じる。アメリカンロックがかかるカフェレストランはステーキやハンバーグが売りで、悪くはないがちょっと大味。しかも、途中でオーナーが変わったのか、全体的にどんどん雑になってきて、ついにある日、サラダのアボカドがまったく熟していないカチカチ状態で出てきたのに呆れ、行かなくなってしまった。そうかと思うと、なぜかボブ・マーレーとビートルズカバーばっかり流すビストロもあって、楽曲も料理も好きは好きだが飽きると言えば飽きる(いつも同じようなものばかり注文するこっちの責任もあるのだが)。
前述のように、店でかかっている曲のタイトルや歌手名を聞くことは今もたまにある。それ自体は別に恥ずかしいとは思わない。知らないものは知らないのだから、素直に聞けばいい。とはいえ、それはちょっとどうなのか……という場面に遭遇したことはある。
あれは何年前だったか、ロックバー的な店のカウンターで飲んでいたときのこと。同じくカウンターで飲んでいたおじさんが、若いバーテンダー(マスター?)相手にロックのうんちくをゴキゲンで語っていた。年齢は私よりちょっと上ぐらいの感じ。子供の頃にウッドストックの記事や映像をリアルタイムで見た可能性のある年代だ。そりゃロックにも詳しかろう。バーテンダーのおにいさんも適当に相槌打ちながら聞いている。
と、そのとき、店内のBGMが新しい曲に変わった。印象的なドラムのイントロからソウルフルな女性ボーカルが弾け出す。そこでおじさんいわく、「お、いい曲だね。これは誰が歌ってるの?」。
危うくウイスキーを誤嚥するところだった。なぜって、その曲は私でも知ってる世界的な名曲、ジャニス・ジョプリンの「Move Over」だったのだ。さっきまであんなにうんちく語ってたのに、こんな有名な曲を知らないってことある? 冗談で言ってるのかとも思ったが、どうやら素で質問したらしい。聞かれたバーテンダーのほうもマジレスしていいのかどうか迷った様子で、「あ、えーと、ジャニス・ジョプリンの『Move Over』って曲ですけど……」と答える。おじさんは「へえー、そうなんだー」と悪びれる様子もない。そこで動じないということは、ジャニス・ジョプリンの名前も知らなかったのだろうか。
横で聞いてるこっちのほうが動揺してしまったが、おじさんのマイペースぶりは見事だった。うんちく語りもマウンティングという感じではなく、一人でしゃべってゴキゲンだったので害は少ない。飲むと語りたくなる“うんちく上戸”なのか。なぜジャニスを知らなかったのかは謎だが、そういう謎に出会えるのも酒場の魅力のひとつ。いい酒と料理、いい音楽、いいネタを求めて、今夜も飲みに出かけよう。
文:新保信長
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