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「確率」で未来を評価すること【森博嗣】

森博嗣「静かに生きて考える」連載第24回


新型コロナのパンデミック、グローバリズムの崩壊、ロシアのウクライナ侵攻、安倍元総理の暗殺・・・何が起きても不思議ではない時代。だからこそ自分の足元から見つめなおしてみよう。耳を澄まし、よく観察してみること。森先生の日常は、私たちをはっとさせる思考の世界へと導いてくれます。「静かに生きて考える」連載第24回。


 

 

第24回 「確率」で未来を評価すること

 

【神様よりは信頼できる気がする】

 

 未来はどうなるのかわからない。天気予報だって外れることが多い。そうはいっても、近い将来ならば、ほとんどのことはだいたい予測できる。予測できるからこそ、「あとは明日にしよう」と作業を中断して家に帰ることができる。普通の人たちは、明日も自分が生きていて、今日と同じくらい健康で、周囲の状況も変化しない、と予測している。

 天気予報が「パーセント」で示されるようになって久しい。50%で雨の場合、降るか降らないかが五分五分なのか。それとも、1日の時間の半分、あるいは地域の半分が雨なのか。それとも、雨が降ったと気づく人の割合が50%なのだろうか。さて、どれでしょう?

 なにか心配なことがあって、悪い事態に85%の確率でなると聞くと、「絶望的だ」と感じるだろうし、逆に15%だと、「それなら、大丈夫だ」と思ったりする。85%なら起こるし、15%なら起きない、と四捨五入して認識する人が大半である。これは間違っている。起きるか、起きないかのどちらかに決めることが間違いなのだ。

 同じことが、「可能性がある」という表現の受け取り方でもいえる。「可能性がある」と聞いたら、ほとんどそうなりそうだ、との意味に取る人が多いらしい。しかし、理系の人は、「可能性がある」を「確率が0%ではない」という意味で使っている。ようするに「絶対起きないとはいえない」と同じで、1%でも発生確率がある場合、「可能性がある」という。僕もそうである。ちなみに、「可能性がない」というのは、「確率が0%だ」という意味だ。「可能性」と「確率」をほとんど同じ意味の言葉だと勘違いしている人をときどき見かける。誤解を招かないように注意が必要である。

 さて、未来の予測は、すべて確率で示される。たとえば、模擬試験を受ければ、本試験で合格する確率がわかる。台風の進路も、その予測進路内に収まる確率が示されている。

 確率は、数字の大きさをそのまま認識するのが正しい。大きければYesで、小さけれNo、などと割り切ってはいけない。

 たとえば、70%の確率の事象のあとに、別の確率70%の事象があるとき、両方が連続して起きる確率は、両者を掛け合わせ、0.7×0.7=0.49で、50%以下となる。7割の確率で起こるものも、連続する確率は半分より低い。逆に9割の成功確率でも、7回試せば、1回は失敗する確率が50%以上になる。

 

【宝くじの不思議な確率】

 

 宝くじを買うための行列を何度か見たことがある。TVでも宝くじの宣伝をしている。どうして宣伝なんかするのか気がしれない。宣伝のために使われる莫大な費用は、宝くじの期待値を著しく下げる、と普通なら考えるのでは? え、考えない?

 不思議なのは、何度か当たりを出した店が人気だという話。何度も当たったのだから今後は当たりにくい、とは考えないのだろうか? だって、自分は今まで外れてばかりだったから、そろそろ当たる頃だって考えているのでは?

 一定数の中からくじを引く場合、自分よりまえに引いた人たちが外れであれば、自分が当たる確率は、最初よりも高くなっている。この理屈で行くと、これまで当たりが出た店では当たりの確率が下がるのでは?

 これは間違いで、宝くじは当選発表ごとにリセットされているから、過去に当たりが出た店も、そうでない店と確率では同じだし、今まで当たらなかった人も、当たったことがある人も、やはり同じ確率だ。

 数学的に確かなのは、沢山買った人ほど当たりやすい、ということ。だから、宝くじで大当たりする人は、だいたい最初からお金持ちだろう、とはいえる。

 ギャンブルをやる人は、「運がつく」という感覚を持っているという。のっているときは勝負に出るべきだ、といった理屈らしいが、これは「理屈」とはいえない。

 養老孟司先生の本に書いてあったと記憶するが、「この飛行機と同型のものは、これまで全部墜落している。残ったのはこの1機だけだ。それくらい強運の飛行機だから、絶対に大丈夫」という人の話。つまり、「勝ち続けている1機」というわけだ。

 宝くじの期待値は、くじの値段のおおむね50%なので、半分は戻ってくる。これは、多くの商品でもいえることで、元値あるいは仕入れ値、原材料費は、価格のおおむね半分くらいだと認識すれば、商売というものが成り立っている道理が理解しやすい。ただ、残りの50%は、自分が欲しい気持ちを満足させるための消費であり、宝くじであれば「一時の夢」ということになるのだろう。けっして悪くない。良い趣味だと思う。僕は「夢」は自分で作る方が楽しいので、買わないけれど。

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森博嗣

もり ひろし

1957年、愛知県生まれ。小説家、工学博士。某国立大学工学部助教授として勤務する傍ら、96年『すべてがFになる』で第一回メフィスト賞を受賞し、作家デビュー。以後『イナイ×イナイ』から始まるXシリーズや『スカイ・クロラ』など多くの作品を執筆し、人気を博している。ほかにも『工作少年の日々』『科学的とはどういう意味か』『孤独の価値』『本質を見通す100の講義』『作家の収支』『道なき未知』『アンチ整理術 Anti-Organizing Life』など著書多数。最新SF小説『リアルの私はどこにいる? Where Am I on the Real Side?』、森博嗣著/萩尾望都原作『トーマの心臓 Lost heart for Thoma』が好評発売中。9月21日に『新装版-ダウン・ツ・ヘヴン - Down to Heaven 』が発売予定。

 

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