新保信長『食堂生まれ、外食育ち』【21品目】あんまり尽くされても困る |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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新保信長『食堂生まれ、外食育ち』【21品目】あんまり尽くされても困る

【隔週連載】新保信長「食堂生まれ、外食育ち」19品目

 そこで思い出したのが、以前に知人に誘われて行ったウニ尽くしの店だ。寿司ネタの中でもトップクラスの人気と値段を誇るオレンジ色の憎いやつ。素人目には区別がつかないが、日本で食用にされているウニは、バフンウニ、エゾバフンウニ、ムラサキウニ、キタムラサキウニ、アカウニの5種類らしい。それらを手を替え品を替え出してくれる。 

 磯の香り漂うねっとりと濃厚な味わいは何物にも代えがたい。安い店のウニだと生臭かったり舌にピリピリするような刺激があったりする(それでウニが嫌いになる人も少なくない)が、その店はそんなことはなかった。出されたウニは、どれも感動的にうまかった。それこそ煉獄さんばりに「うまい! うまい!」と喜んで食べていたのである(当時はまだ『鬼滅の刃』は始まってなかったが)。

 ところが、ある時点でピタッと手が止まった。「飽きた……」と口には出さないまでも、飽きてしまったのだ。そこから先は難行苦行。自分なりに頑張ったものの、途中で「もうお腹いっぱいで」とリタイアしてしまった(実際、お腹も結構ふくれてた)。そのとき「ウニはちょっと食べるからうまい」と悟ったのだ。ああいう濃厚なものは「尽くし」には向いてない。ウニほどではないがエビもわりと濃厚なので、そんなには食べられない。その点、カニはああ見えて実は淡白だから、尽くしもいけるのではないか。

 しかし、淡白ならいいかというとそうでもない。京都で湯葉尽くしを食べたときも途中で飽きて「肉とか食いたい!」となった。お値段的には決して安くはないのに、何か貧乏くさいというか侘しい気持ちにもなった。淡白すぎるのも考えものである。

 淡白といえば、食べたことはないが、松茸尽くしはどうだろう。検索したらいくつか出てきたが、最高級っぽかったのが京都の料亭の3万5000円(+税)のコース。先付の甘鯛松茸白板巻に始まり、土瓶蒸し、焼松茸、松茸霰粉揚などを経て、松茸御飯で締める全12品のコースである。松茸以外にも鯛だのエビだのカニだのいろんな素材が使われているから、これなら飽きなさそうというよりぜひ食べたいが、本当に松茸オンリーだったらやっぱり飽きそうな気がしなくもない。 

 もちろん人それぞれだとは思うけど、私は尽くされるよりいろんなものをちょっとずつ食べたい。とか言うと、心理テストなら浮気者と判定されそうだ。が、恋愛においても尽くす女、尽くす男は地雷の可能性が高いとネットに書いてあった。相手のためじゃなくて「こんなに尽くす自分」に酔ってたりして……。おっと、また柄にもないことを書いてしまった。何はともあれ、食事も恋愛もバランスが大事ということですね。

 

文:新保信長

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新保信長

しんぼ のぶなが

流しの編集者&ライター

1964年大阪生まれ。東京大学文学部心理学科卒。流しの編集者&ライター。単行本やムックの編集・執筆を手がける。「南信長」名義でマンガ解説も。著書に『国歌斉唱♪――「君が代」と世界の国歌はどう違う?』『虎バカ本の世界』『字が汚い!』『声が通らない!』ほか。南信長名義では『現代マンガの冒険者たち』『マンガの食卓』『1979年の奇跡』など。新刊『漫画家の自画像』(左右社)が絶賛発売中です!

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