時流に逆らってクルマ談義でも【森博嗣】連載「静かに生きて考える」第21回 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

BEST TiMES(ベストタイムズ) | KKベストセラーズ

時流に逆らってクルマ談義でも【森博嗣】連載「静かに生きて考える」第21回

森博嗣「静かに生きて考える」連載第21回


新型コロナのパンデミック、グローバリズムの崩壊、ロシアのウクライナ侵攻、安倍元総理の暗殺・・・何が起きても不思議ではない時代。だからこそ自分の足元から見つめなおしてみよう。耳を澄まし、よく観察してみること。森先生の日常は、私たちをはっとさせる思考の世界へと導いてくれます。「静かに生きて考える」連載第21回。


 

 

第21回 時流に逆らってクルマ談義でも

 

【大人のクルマ離れ】

 

 僕が若い頃には、大勢がクルマに興味を持っていて、メーカが新車を発表すると、「あれはデザインが古い」「いや、僕はけっこう好みだよ」などと話題にできた。TVでもクルマの宣伝が多かったし、書店に行けば新車を特集した雑誌が多数並んでいた。休日の道路はいつも渋滞し、どこへ出掛けても駐車場が不足していた。

 近頃は、どうやらそうでもないらしい。人口(特に若者)が減っているからなのか、クルマ自体も減っているようだ。逆に道路は整備され渋滞もかなり緩和されたし、どこの駐車場も余裕がある。「公共交通機関をご利用下さい」というのは、「自家用車で来るな」という意味だったのだが、最近でもまだアナウンスされているのだろうか?

 さて、クルマについて、今と昔で違う点はといえば、ぼてっとした大柄で、背の高いクルマが増えたこと。事故で横倒しになるらしい。僕が乗っているクルマは、だいたい昔風のスタイルだから、裏返しにならなるかもしれないけれど、側面を下にした姿勢では自立しにくい形状だ。それ以外で一番気になるのは、丸いヘッドライトが絶滅危惧種で、どのクルマも吊り目になったこと。

 交通事故は減っている。ずっと減少し続けている。安全ベルトやエアバッグなどのおかげなのか、特に死亡事故が減った。

 近年話題に上がるのは、ブレーキの踏み間違いによる暴走事故。しかし、これは以前からあったはず。オートマティック・トランスミッションが登場したときに既に指摘されていた。何十年もこれを見過ごし、安全装置を義務づけなかったのは行政の怠慢といえるだろう。すぐ近くにあるペダル2つを足で踏み分けるのだから、人間工学的に見てもミスが起こらないわけがない。

 以前は「交通戦争」などと呼ばれたくらい事故が多かった。当時に比べれば、交通事故は珍しいものになった。珍しいからこそニュースで取り上げられ、「私はクルマを運転しない」とおっしゃる方が増えた。潔い判断で立派だと思う。是非、人が運転するクルマにも乗らないようにしてほしい。自分は運転しないで、他人のクルマには乗せてもらうというのは、少々虫の良い責任逃れっぽい。プロが運転するクルマに料金を支払って乗るのは例外で、これはその会社が責任を料金に見込んでいる。友人が運転するクルマに乗るときは、運転手の責任の一部を引き受ける覚悟、あるいは保険料を支払うのが筋というものだろう。

 

【ドライブと整備が趣味】

 

 僕は、クルマの運転が大好きで、ほぼ毎日運転している。しかし、人がいない田舎道か山道をのんびり走るのが楽しみなのであって、街中へ出ていったり、店の駐車場へ入れたり、家族以外の人を乗せるような場合は、神経を使い疲労するし、楽しくはない。それは「ドライブ」とはまったく別の行為だ。クルマを運転しない人には、ここが誤解されやすい。

 自分の庭で電車を運転するのは、とても楽しい時間だが、だからといって、実際の鉄道の運転手になりたいとは全然思わない。その仕事は責任を伴うから緊張の連続だろう。電車の運転が好きだ、というだけでなれるものではない。

 クルマの整備も大好きである。洗車は滅多にしないくせに、ボンネットを開けて中を覗き、部品を拭いたりする時間が楽しい。オイルを確かめ、プラグを磨き、ベルトやラジエータ、ブレーキ液などもチェックする。最近のクルマはほとんど故障しないから、日常的に点検をする人は見かけなくなった。マイナな趣味だ。

 僕の奥様(あえて敬称)のクルマは、エンジンがリアにあるのだが、彼女は見たことがなかった。前のボンネットを開ければ、そこにエンジンがあると信じていた。先日、リアトランクの下にあるエンジンを見せたのだが、意外にも驚きもしなかった。「エンジンっていうのは、どのクルマにもあるもの?」とおっしゃっていた。たしかに、エンジンのないクルマもある。

 SUVなるクルマが、僕は好きになれない。小型で、車高が低く、軽量のクルマを運転したい。今まで乗った中で一番気に入ったのは、ホンダのビート。これで13年間通勤していた。次は、ポルシェ911で、九州や四国までドライブに出かけた。両方とも、前のボンネットを開けてもエンジンがない。後ろから響くエンジン音が心地良かった。サスペンションは硬く、ごつごつとしているから、一般的には乗り心地が悪いと感じられる部類だけれど、走っていて実に楽しい。僕的には「乗り心地が良い」になる。

次のページ今は乗りたいクルマがない?

KEYWORDS:

✴︎KKベストセラーズ 森博嗣の好評既刊『道なき未知 Uncharted Unknown』✴︎

※上のカバー画像をクリックすると、Amazonサイトにジャンプします

オススメ記事

森博嗣

もり ひろし

1957年、愛知県生まれ。小説家、工学博士。某国立大学工学部助教授として勤務する傍ら、96年『すべてがFになる』で第一回メフィスト賞を受賞し、作家デビュー。以後『イナイ×イナイ』から始まるXシリーズや『スカイ・クロラ』など多くの作品を執筆し、人気を博している。ほかにも『工作少年の日々』『科学的とはどういう意味か』『孤独の価値』『本質を見通す100の講義』『作家の収支』『道なき未知』『アンチ整理術 Anti-Organizing Life』など著書多数。最新SF小説『リアルの私はどこにいる? Where Am I on the Real Side?』、森博嗣著/萩尾望都原作『トーマの心臓 Lost heart for Thoma』が好評発売中。9月21日に『新装版-ダウン・ツ・ヘヴン - Down to Heaven 』が発売予定。

 

この著者の記事一覧

RELATED BOOKS -関連書籍-