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新保信長『食堂生まれ、外食育ち』【20品目】器のTPO

【隔週連載】新保信長「食堂生まれ、外食育ち」20品目

 

 いざ番号を呼ばれて注文品を受け取ったら、なんと牛丼が紙パックに盛られているではないか。テイクアウトじゃなくて店内で食べるのに紙パック? つーか、味噌汁もお新香も玉子も全部紙の器である。繰り返すが、テイクアウトじゃなくて店内で食べるのに全部紙の器なのだ。これには心底ガッカリした。

 食器を洗う人件費や水道代の節減なのだろうとは思う。スペース的に余裕のない下北沢店だけなのか、ほかの店舗でもそうなのかはわからない。が、牛丼はやはり紙パックではなく丼で食いたい。丼の重みや箸が丼に当たる手応えも含めての牛丼ではないのか。これじゃ牛丼じゃなくて牛パックだ。いくら何でも貧乏くさくないですか?

 器には器のTPOがある。テイクアウトなら紙パックやプラスチック、スチロールで全然OK。宅配ピザには段ボールがふさわしい。野外バーベキューならむしろ紙皿に紙コップのほうが気分が出る。竹の皮や経木に包まれたおにぎりは最高だ。しかし、紙ストローやお店で食べる牛丼の紙パックには、目的のためには手段を選ばずという無理やり感がある。

 かく言う私も、昔は器なんてどうでもいいと思っていた。どうでもいいというより、意識してなかったと言ったほうが正しいかもしれない。こじゃれた店のこじゃれた器を見て、「おしゃれだな」と思ったり思わなかったりする程度だった。それが変わったのは結婚してから。というのも、妻がなかなかの“器警察”だったのだ。

 まだ結婚して間もない頃、近所の和食系居酒屋に入った。大将一人で切り盛りしてる小さな店で、料理そのものはおいしかった。しかし、妻はどうも難しい顔をしている。店を出てから「おいしかったよね?」と聞いたら、「おいしかったけど、お皿がねー」と言う。「あんな100均で買ってきたような皿じゃ、テンション下がるわー」。そう言われてみれば、確かに安っぽい皿だった。ヤマザキ春のパンまつりでもらえそうな皿……と言ったらヤマザキパンのファンに怒られるかもしれないが、そんな感じの皿である。

 一方、その店と道路を挟んで斜め向かいにあった別の飲み屋の皿や小鉢には目がハートになっていた。料理が運ばれてくるたびに器に対して「すてき~」と言う妻。陶芸に詳しくない私が見ても、前述の店とは明らかに違う。日本酒を注文するとお猪口を選ばせてくれるのだが、それも趣味のいい品ばかりで感心した。以降、いろんなお店や温泉旅館に夫婦で行ったが、どこに行っても妻は器チェックに怠りない。その影響で、私も何となく器を気にするようになった。

 単に見た目の問題だけでなく、ビールやワインもグラスによって口当たりは違うし、ごはんや味噌汁の器も手になじむかどうか、食べやすいかどうかといった部分での違いはある。それは体感的に味にも影響する。ヤマザキ春のパンまつりの皿ならまだしも、紙ストローや紙パックはやっぱり勘弁してほしいと思うのだった。

 

文:新保信長

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新保信長

しんぼ のぶなが

流しの編集者&ライター

1964年大阪生まれ。東京大学文学部心理学科卒。流しの編集者&ライター。単行本やムックの編集・執筆を手がける。「南信長」名義でマンガ解説も。著書に『国歌斉唱♪――「君が代」と世界の国歌はどう違う?』『虎バカ本の世界』『字が汚い!』『声が通らない!』ほか。南信長名義では『現代マンガの冒険者たち』『マンガの食卓』『1979年の奇跡』など。新刊『漫画家の自画像』(左右社)が絶賛発売中です!

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