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新保信長『食堂生まれ、外食育ち』【19品目】カニ・マイ・ラブ

【隔週連載】新保信長「食堂生まれ、外食育ち」19品目


「食堂生まれ、外食育ち」の編集者・新保信長さんが、外食にまつわるアレコレを綴っていく好評の連載エッセイ。ただし、いわゆるグルメエッセイとは違って「味には基本的に言及しない」というのがミソ。外食ならではの出来事や人間模様について、実家の食堂の思い出も含めて語られるささやかなドラマの数々。いつかあの時の〝外食〟の時空間へーー。それでは【19品目】「カニ・マイ・ラブ」をご賞味あれ!


イラスト:おくやま ゆか

 

【19品目】カニ・マイ・ラブ

 

 日本人はカニが好きだ。いきなり主語がデカくて恐縮だが、甲殻類アレルギーとか身をほじくり出すのが面倒くさいとかいう理由を別にすれば、カニが嫌いな人はあまりいないのではないか。かのPUFFYだって「カニ食べ行こう~」と歌ってるぐらいである。北陸新幹線を運行するJR東日本は「かにを食べに北陸へ。」キャンペーンを展開しているし、各旅行会社も「かに旅行特集」「冬はかに!」「カニカニツアー特集」「かに旅行に行こう」とカニ推しがすごい。それだけ需要があるということだろう。

 普通の旅行はまず目的地を決めて、そこで何を食べようかという話になるが、カニツアーはカニが目的だ。とある旅行会社のサイトを見ると「エリアから探す」のほかに「ブランドガニから探す」「カニの食べ方から選ぶ」なんて項目もあるほどで、カニさえ食べられれば行き先はどこでもいいのである。

 かく言う私もカニは好きだ。今年(2022年)のズワイガニ漁解禁は11月6日。ボージョレ・ヌーヴォー解禁より、こっちのほうが重要である。知ってる人は知ってると思うけど、ズワイガニは地域によって呼び名が異なり、越前ガニ(福井県)、松葉ガニ(山陰地方)、加能ガニ(石川県)といった名前でブランド化されている。オスとメスでも呼び名が違い、メスは親ガニ、セイコガニ、香箱ガニなどと呼ばれるという。

 子供の頃は、父が馴染みの魚屋から買ってきたか届けてもらったかしたズワイガニのメス(ウチではセコガニと呼んでいた)が2~3杯、食卓に上ることがあった。すでに茹で上げられた状態で、それをバキバキ解体して食う。その解体作業に関して父は達人級で、実に手際よくバラしていく。私も子供ながら見様見真似でカニのバラし方、食べ方は身につけた。全日本カニ食い選手権に出場したら、地区予選ぐらいは突破できると思う。

 セコガニは、内子(卵巣)と外子(卵)、みそも美味である。ただし、我が家では「カニの卵は子供には毒」と言われ、外子は父が独占していた。おかげで今も外子は食べたら死ぬような気がして食べられない。なぜか内子は食べてもOKだったので、昔も今も大好きだ。カニみそは見た目にちょっと抵抗があり、子供の頃は食べなかったが、酒飲みとなった今ではこれまた大好物である(以前にサハリンに取材に行ったとき、ロシアの人はカニの足だけ食べて胴体は捨てると聞いてアホかと思ったこともある)。 

 しかし、大学で東京に来てからは、ほとんど食べる機会がなかった。お金がなかったというのもあるし、おいしいカニを食べさせる店を知らなかったというのもある。社会人になってからお手頃価格のカニ料理チェーン店に入ったことはあるが、正直、自分の中の海原雄山が「こんなものはカニじゃない!」と暴れ出しそうな感じだった。一人暮らしで自炊もしていなかったので、カニを買ってきて家で食べるという発想もない。

 そんなカニ不毛時代を過ごしていた私だったが、それでも記憶に残るカニはある。まだ20代半ばの頃、友人と北海道にバイクのツーリングに行った。夏とはいえ霧が出ていて気温も低く、体が冷えたところで休憩に立ち寄った土産物店。そこで、たまたま試食をやっていたゆで立ての花咲ガニが、この世のものとは思えぬくらいにうまかった。試食なので一口だけだが、肉汁というかカニ汁したたるプリプリの身のほっこりした味わいが五臓六腑に染み渡る。シチュエーション込みで、あれに優るカニはない。

 

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新保信長

しんぼ のぶなが

流しの編集者&ライター

1964年大阪生まれ。東京大学文学部心理学科卒。流しの編集者&ライター。単行本やムックの編集・執筆を手がける。「南信長」名義でマンガ解説も。著書に『国歌斉唱♪――「君が代」と世界の国歌はどう違う?』『虎バカ本の世界』『字が汚い!』『声が通らない!』ほか。南信長名義では『現代マンガの冒険者たち』『マンガの食卓』『1979年の奇跡』など。新刊『漫画家の自画像』(左右社)が絶賛発売中です!

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