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「科学的に確かめられた」とは? 【森博嗣】連載「静かに生きて考える」第19回

森博嗣「静かに生きて考える」連載第19回


新型コロナのパンデミック、グローバリズムの崩壊、ロシアのウクライナ侵攻、安倍元総理の暗殺・・・何が起きても不思議ではない時代。だからこそ自分の足元を見つめなおしてみよう。よく観察してみよう。静かに考えてみよう。森先生の日常は、私たちをはっとさせる思考の世界へと導いてくれます。連載第19回。


 

 

第19回 「科学的に確かめられた」とは?

 

【医者に「死にますよ」と言われたら?】

 

 「このまま放っておくと、死にますよ」と医者に言われたら、誰でもどきっとするだろう。でも、冷静になって考えたら、誰でも例外なく、いつかは死ぬのだから、医者の発言は正しいし、科学的根拠がある。したがってこの場合、「はい、承知しています」と返答しても、叱られることはない。僕は、このような素直な返答をついしてしまうので、周囲からいつも「非常識だ」と睨まれている。

 どうして皆さんは、「死にますよ」と言われて、驚くのだろうか? そちらの方がおかしいのでは? もし、自分は死なないと思っているのなら、それこそ問題では? 僕はそういう人の方が非常識だと思う、言葉を言葉どおりに解釈する素直な人間なので。

 さて、この場合、人間は誰しも必ず死ぬ、という観察に基づいている。死ななかった人が、古今東西どこを探しても今のところ見つかっていない。また、人間だけでなく、他の生きものにも、細胞などの組織にも、「いずれ死ぬ」傾向が観察されている。自然界全体のメカニズムからも「確からしい」といえ、得られている多くの知見とも矛盾がない。こういった総合的な観点からの判断を、「科学的」といっている。

 

【薬を飲んだら治った、だけで効く薬といえるか?】

 

 ある薬を飲んだ直後に死亡した人がいたとしよう。この事実から、その薬が危険だといえるだろうか? 同じ薬を飲んでも、死ななかった人たちが何万人もいるなら、「1人だけではなんともいえない」といった結論になるだろうか?

 ある薬を飲んだら、病気の症状が軽くなった、という事例が、同じ薬を飲んだ人のほとんどで観察された場合、その薬が「効果がある」といって良いだろうか?

 科学的に考察したいのなら、その薬を飲まなかった人の調査も必要だ。何故なら、なにも飲まなくても、1週間くらいで治る病気かもしれない。風邪という病気はたいてい、それくらいで治るものなので、薬の効果だけで治癒している、とはいえないだろう。

 さらに、薬を飲んだ人と飲まなかった人の両方を観察して比較したとしても、結論を出すには早い。別の時期に同じ調査をした場合に異なる結果となる可能性がある。生きものというのは常に変化しているし、環境からもさまざま影響を受ける。そういった点も考慮してデータを比較する必要があるだろう。

 世の中には、「Aをしたから、Bが増加した」といった調査結果を基に、「AはBを増加させる効果がある」と結論づける論調が非常に多い。だが、Aをしなかったら、Bはもっと増加していたかもしれない。AはBの増加を抑制した可能性だってある。

 人間の健康もそうだし、経済の動向もそうだが、「Aをした場合」と「Aをしなかった場合」を同時に試すことができない。同条件では、どちらか一方しか観察できないから、本当はどんな効果が現れるのか、判断が難しい。

 人間は大勢いるから、多数のデータを揃えることができるけれど、日本経済は1つしかないわけで、せいぜい別の時期か、あるいは他国と比較するくらいのことしかできない。「消費税を上げたから不況になった」なども、消費税を上げなくても不況になったかもしれない。社会を2分割し、同時に2つの条件を試さないかぎり、影響を正確に調べることはできない。

 

【科学的な検証には3つの方法がある】

 

 大学で研究をしていた頃、原因と結果を関連づける「証明」には、主に3つの方法があった。1つは、理論的な証明。これは、物理法則や既に確かめられている経験則などの数式を展開して傾向を導く。2つめは、実験的な証明。これは一般の人にもわかりやすい。実際に試してみて、傾向を観察する。3つめは、コンピュータを用いる新しい方法で、なにかの仮説を基に、いろいろな数値を代入し、計算結果を比較検討する、という数値解析的な証明である。これら、理論、実験、解析の3つの方法を駆使して、ある要因がどのような効果を生じさせるのか、を調べていた。

 一般の人は、「科学的」という言葉を聞くと、だいたいは「実験的」とイメージされるようだ。「科学的なエビデンスはあるのか?」と問われると、実際に行われた実験や調査の結果を示せ、というような意味に受け取る人が多い(実験と統計は本当は区別すべきだが、実現象を観察することでは同じ)。実験だけではなく、理屈を構築し、理論やシミュレーションでもその傾向を裏づけることが大切。つまり、「薬が効く」という実証だけでは不充分で、何故効くのか、という理屈があった方が説得力が増す。

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森博嗣

もり ひろし

1957年、愛知県生まれ。小説家、工学博士。某国立大学工学部助教授として勤務する傍ら、96年『すべてがFになる』で第一回メフィスト賞を受賞し、作家デビュー。以後『イナイ×イナイ』から始まるXシリーズや『スカイ・クロラ』など多くの作品を執筆し、人気を博している。ほかにも『工作少年の日々』『科学的とはどういう意味か』『孤独の価値』『本質を見通す100の講義』『作家の収支』『道なき未知』『アンチ整理術 Anti-Organizing Life』など著書多数。最新SF小説『リアルの私はどこにいる? Where Am I on the Real Side?』、森博嗣著/萩尾望都原作『トーマの心臓 Lost heart for Thoma』が好評発売中。9月21日に『新装版-ダウン・ツ・ヘヴン - Down to Heaven 』が発売予定。

 

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