ネット社会が生み出した “日本の影の支配者=統一教会” という虚像【仲正昌樹】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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ネット社会が生み出した “日本の影の支配者=統一教会” という虚像【仲正昌樹】


安倍元総理暗殺から浮上した統一教会問題。この大騒動で露わになったものとは何か? それは「ジャーナリズムの死だ」と。『人はなぜ「自由」から逃走するのか:エーリヒ・フロムとともに考える』の著者・仲正昌樹氏は語る。自身がかつて統一教会の信者だった経験を踏まえて、メディアで数多くの発言をするとともに、世情に蔓延る言説やその思考について鋭く指摘する。統一教会叩きに熱狂しているうちに我々はいったい何を見失いかけているのか。深く反省を迫られる寄稿である。


 

旧統一教会の合同結婚式(2020年2月7日)。中央に立つのは故文教祖夫人の韓鶴子。

 

 

■旧統一教会の実力を過大評価しすぎの背景

 

 既にいろんな媒体で述べたことだが、旧統一教会をめぐる現在の大騒ぎは、(どう多く見積もっても信者数十万人にも満たない)統一教会の実力を過大評価することで、面白おかしいネタに仕立てあげようとするマスコミやネット民の思惑によるところが大きい。

 確かに霊感商法の被害者は存在するし、高額献金して自分や家族の生活が成り立たなくなっている人がいるのは深刻な問題だ。しかし、だからといって、統一教会と“接点がある”議員が一人でも残っている限り、政治を前に進めることはできない、統一教会の信者が一人でも日本国内に残っている限り、日本国民の安全が脅かされ続けるかのような風潮が続くのはおかしい。統一教会を壊滅させたり、議員や議員秘書の宗門改めのようなことをやらなくても、被害者救済と更なる被害の防止に取り組むことはできるはずだ。

 何らかの客観的基準を決めたうえで旧統一教会の活動を規制し、従えないようだったら、宗教法人としての解散を命じるというのであればいい。ただし、「解散」させても、法人でなくなるだけであって、宗教活動はできるし、財政状況によっては、資産を売却させても、被害者救済のための金は残らないかもしれない。また、自民党などが、所属職員が組織を利用して布教活動するのを禁止するのならいいが、職員の採用に際して、特定の宗教に対する信仰の有無を問うのは、明らかに、信教の自由の侵害だ。霊感商法に関わっていたかどうかというような行為を問題にするのと、信仰の中身を問うのでは話が全然違う。

 元信者である私がこういうことを言うと、すぐにどこかのネットの老害が、「仲正はまだ…」と言い出すのだろうが、上記のような区別をすることの重要さがピンと来ないような人間は、社会の中でちゃんと働いた経験がないまま年だけ取っているか、根っからのファシストだ。マインド・コントロールを疑われるべきは、統一教会(員)に対しては何をやっても許される、と無邪気に信じているこの手の輩だろう。

 無論、その手のたちが悪い連中でなくても、「でも、統一教会が存続する限り、何が起こるか…」、と漠然とした不安を抱いている人はいるだろう。ただ、その不安は、以下の二つの勘違いによって引き起こされている場合が多いのではないか、と思う。

 

① 自民党議員は統一教会の“信者”でもある

② 統一教会が自民党の政策を決定している

 

 ①について。既にいろんなところで述べたが、韓国人の教祖(故人)を再臨のメシアとし、全ての人間はメシアによって原罪清算されねばならないとする統一教会の教義は特殊である。信者になる人の多くはいろんな悩みを抱えていたために、その特殊な教えを受け入れてしまうわけだが、社会的地位が高く、失うものが多い議員たちが、そう簡単に、文教祖をメシアと受け入れ、教団の指示に素直に従う信者になるとは考えにくい。今名前が挙がっている議員たちが、修練会などで統一教会の教義を一通り聞いて、信仰生活を送っているという証拠はあがっていない。本当の信者なら、一般の人も参加している行事で、「マザー・ムーン」とかいうような軽口をたたかないだろう。

 昔から――少なくとも、私が信者だった一九八〇年代頃から――かなり雑な思考をしているサヨクたちは、自分が気に入らない思想を、右翼天皇主義=自民党=新自由主義=日本会議=…=統一教会と適当に結び付けて、それをまとめて「トーイツ」とか「壷」などと総称していた。彼らの「=」は単に、協力関係にある、とか、同じ政策を支持している程度の意味しかないはずだが、バカの一つ覚えで、「=」で結ばれている項のどれかに当てはまる人を、「トーイツ信者」と呼んでいる内に、何となく、自民党員とか、竹中平蔵氏のファンとか、日本会議関係者とかが、全部「トーイツ信者」になってしまうようである。単なるきらいなものの総称なので、中身はないのだが、彼らの中では、「ウヨク」は基本的に「トーイツ信者」になってしまうようである。

 今回の騒ぎで頻繁に見かける、雑な反統一教会ツイートは、そうした昔ながらの「トーイツ」連呼の再現である。彼らは、これまで陰謀論で片付けられてきたことが真実であったことが立証されたなどと言っているが、明らかになったのは、旧統一教会が選挙支援する見返りに、議員たちが信者中心のイベントに参加したり、祝電を送ったりした、というちょっとした協力関係があった、というだけのことだ。単なる印象で言っていた「=」の一つに多少の実体があったというだけのことで、文字通りの「=」であることが証明された、というには程遠い――彼らの雑な頭では、何によって何が証明されたのかさえ理解できないのかもしれないが。

 現在のマスコミの報道は、議員たちを露骨に信者扱いしていないものの、そういうサヨク的な「トーイツ」イメージに影響され、同じような発想をしているとしか思えない場合が多々ある。テレビに匿名で出てくる元二世信者を名乗る人たちの中に、安倍元首相が、身内であったかのように語っている人がいる。それはどういう意味で身内なのか、マスコミならちゃんと聞くべきだが、「身内のようなものだと感じていました」という発言を引き出せれば、それで満足してしまうようだ。誘導しているのではないかと思う。私に、「勝共連合のイベントで岸さんの姿を見た時、特別な感慨を抱きませんでしたか」、としつこく聞く人が何人かいたが、自民党の議員を崇拝の対象にしていることにした方が面白いと思ったのだろう。

次のページ騒動で露わになった「サヨクたちの雑な思考スタイル」

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✳︎重版御礼✳︎

哲学者・仲正昌樹著
大好評『人はなぜ「自由」から逃走するのか:エーリヒ・フロムとともに考える』KKベストセラーズ)

 

「右と左が合流した世論が生み出され、それ以外の意見を非人間的なものとして排除しよ うとする風潮が生まれ、異論が言えなくなることこそが、全体主義の前兆だ、と思う」(同書「はじめに」より)
ナチス ヒットラー 全体主義

リーダー コロナ 人間の本性 非常事態宣言

 

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仲正 昌樹

なかまさ まさき

1963年、広島県生まれ。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。現在、金沢大学法学類教授。専門は、法哲学、政治思想史、ドイツ文学。古典を最も分かりやすく読み解くことで定評がある。また、近年は『Pure Nation』(あごうさとし構成・演出)でドラマトゥルクを担当し、自ら役者を演じるなど、現代思想の芸術への応用の試みにも関わっている。最近の主な著書に、『現代哲学の最前線』『悪と全体主義——ハンナ・アーレントから考える』(NHK出版新書)、『ヘーゲルを超えるヘーゲル』『ハイデガー哲学入門——『存在と時間』を読む』(講談社現代新書)、『現代思想の名著30』(ちくま新書)、『マルクス入門講義』『ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義』『ハンナ・アーレント「人間の条件」入門講義』(作品社)、『思想家ドラッカーを読む——リベラルと保守のあいだで』(NTT出版)ほか多数。

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