新保信長『食堂生まれ、外食育ち』【14品目】わんこスイカ
【隔週連載】新保信長「食堂生まれ、外食育ち」14品目
スイカ好きな人なら「それぐらい食えるだろ」と思うかもしれない。が、私はさほどスイカ好きではないし、わりとすぐに飽きてしまう。カブトムシじゃあるまいし、スイカばっかりそんなに食えん。それでも先輩に「まだいっぱいあるから食え」と言われると、食わざるを得ない。次から次へと切り出されるスイカは、わんこそばならぬ“わんこスイカ”状態。ほとんど水分だからお腹タポタポになるし、なんだか汗までスイカの匂いになりそうだった。それはつまりカブトムシの匂いじゃないか。
その後、高校を卒業して大学生、社会人になってからも、スイカを食べる機会はほとんどなかった。たまに飲み屋でサービス的に出されたり、コース料理のデザートに出たりすることはあっても、自分で買って食べることはないまま幾星霜。あの中高時代の夏合宿で一生分のスイカは食べ尽くしたと思っていた。
ところが、人生何が起こるかわからない。あれは2006年8月のこと。漫画家の西原理恵子さんと一緒に恐竜化石発掘取材で内モンゴル自治区のゴビ砂漠に行った。真夏の昼間のゴビ砂漠は死ぬほど暑い。湿度が低くてカラッとはしているものの、叩きつけるような日差しは、物理的な圧力を感じるほど。あれは太陽光線という名の兵器である。ペットボトルの水でタオルを濡らして頭からかぶっても一瞬で乾いてしまう。
そんなところでコツコツと恐竜の化石を掘るのだから、水分補給は必須である。そこで登場したのがスイカだった。休憩タイムに中国科学院の李教授が大玉のスイカを豪快に切ってくれる。これがまた、さすが中国というとんでもない物量なのだ。
ツアーに便乗した取材で、日本からの参加者は十数人いたが、一人2個分ぐらいは余裕であった。それをジャンジャン切ってジャンジャン食わせようとする李教授。「いや、もうそのぐらいで十分なので」と思うが、言葉が通じないうえに相手は「食べ切れないほど出すのが礼儀」の中国人。まさかの“わんこスイカ大会 inゴビ砂漠”である。
しかし、そのスイカは間違いなく人生で一番うまかった。ナンボでも食える……というのはウソだが、五臓六腑に染みわたり、あの夏合宿のスイカよりガブガブ食った。タネは砂漠に飛ばし放題。芽が出ることはなかろうが、エコ的にも問題ないだろう。
李教授は昼食も作ってくれた。印象に残っているのはトマトと卵の炒め物。中華では普通のメニューだが、李教授のは砂糖がたっぷり入っていた。最初に一口食べたときは「甘っ!」と思った。が、砂漠の日差し灼かれた身には、その甘さが癒しになるのだ。
それ以来、スイカを一切れ以上食べたことはないし、砂糖たっぷりのトマトと卵の炒め物も食べことがない。似たような炒め物はたまに作るが、砂糖は入れない。あの日あのときあの場所で食べた味は、あの場所だからおいしくて、それは二度と味わえないのだと思う。でも、それでいい。外食の基本は「一期一会」なのだから。
文:新保信長
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