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新保信長『食堂生まれ、外食育ち』【14品目】わんこスイカ

【隔週連載】新保信長「食堂生まれ、外食育ち」14品目


「食堂生まれ、外食育ち」の編集者・新保信長さんが、外食にまつわるアレコレを綴っていく好評の連載エッセイ。ただし、いわゆるグルメエッセイとは違って「味には基本的に言及しない」というのがミソ。外食ならではの出来事や人間模様について、実家の食堂の思い出も含めて語られるささやかなドラマの数々。いつかあの時の〝外食〟の時空間へーー。それでは【14品目】「わんこスイカ」をご賞味あれ!


イラスト:おくやま ゆか

 

【14品目】わんこスイカ

 

 子供の頃の夏休み、日中は高校野球をよく見ていた。今や彼らの親よりも年上になってしまったが、当時は「お兄さんたちがすごい頑張ってる」と思って見ていた。昭和の時代の運動部は「練習中に水を飲んではいかん」というのが常識だったから、あの球児たちも炎天下で水分補給もしないまま死に物狂いでプレーしていたのだろう。

 中高時代、進学校の弱小剣道部に所属していた私も練習中は水を飲めなかった。夏合宿で汗をかきすぎたせいか、めんつゆのような真っ黒なおしっこが出て「え、オレ死ぬの?」と思ったことは今も強烈に覚えている。練習後に冷水器(ペダルを踏むと冷水が出るやつ)で飲んだ水のうまさも忘れられない。ちょうどその頃、粉末を水に溶かす「ゲータレード」というスポーツドリンクの先駆け的なものが登場したのも記憶に残っている。初めて飲んだときの全身に染みわたる感じは、これまた衝撃的であった。

 夏合宿の寝泊まりは教室だ。机を脇にどけて柔道用の畳を敷いて雑魚寝である。男子校なので思春期的ドキドキもなければ、クーラーなんて気の利いたものもない。扇風機はあったかもしれないが、蒸れた空気をかき回すだけ。窓を全開にしても入ってくるのは風よりも蚊やカナブンがメインである。今思えば寝苦しいことこのうえないが、どんな状況でも眠れるのが若さというものだ。

 午前中はランニングや腕立て伏せなどのトレーニングと練習。まだうさぎ跳びもトレーニングになると信じられていた時代である。昼食と昼寝を挟んで午後の練習。普段の放課後部活に比べれば格段に練習時間が長く、体力的にきつかったのは事実だが、そこはしょせん進学校の弱小部活。4泊5日ぐらいの間にレクリエーションと称してソフトボールをやったり、ゆるゆるといえばゆるゆるなスケジュールではあった。

 食事は学食で用意してくれていたはずなのだが、どんなメニューだったかまったく思い出せない。当時の部活仲間にも聞いてみたが、やはり忘却の彼方である。40年も前のことだから無理はない。とりあえず普通に食えるものが出て、普通に食っていたのだろう。猛練習で食欲がなくなるということもなかった気がする。 

 そんななか、はっきり覚えているのがスイカである(電車に乗るときに使うカードじゃなくて果物のほう)。合宿が始まると、どこから聞きつけるのか、律義なOBたちが陣中見舞いにやってくる。その際に持ってくる差し入れが、必ずと言っていいほどスイカだった。 

 夏の風物詩であり、水分補給の観点からも差し入れに好適と、みんな思うのだろう。冷蔵庫はないのでバケツに水を入れて冷やす。大して冷えないが、ようやく日が暮れて少し暑さがやわらいできた頃合いにかぶりつくスイカは格別の味わいだった。汁がボタボタ垂れても気にしない。タネは本当はグラウンドにプププッと飛ばしたいが、そうもいかないのでゴミ箱(デカいポリバケツ)に吐き出す。あ-夏休み~って感じである。

 しかし、喜んで食べていられるのは最初のうちだけ。何しろ来るOB来るOB、みんなが示し合わせたようにスイカを3つも4つも持ってくるのだ。部員が100人もいるような大所帯ならよかろうが、当時の我が剣道部は十数人程度。そこにスイカが10個も20個も届いたらどうなるか。一人で丸ごと1個とか、食わなきゃいけなくなるのである。

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新保信長

しんぼ のぶなが

流しの編集者&ライター

1964年大阪生まれ。東京大学文学部心理学科卒。流しの編集者&ライター。単行本やムックの編集・執筆を手がける。「南信長」名義でマンガ解説も。著書に『国歌斉唱♪――「君が代」と世界の国歌はどう違う?』『虎バカ本の世界』『字が汚い!』『声が通らない!』ほか。南信長名義では『現代マンガの冒険者たち』『マンガの食卓』『1979年の奇跡』など。新刊『漫画家の自画像』(左右社)が絶賛発売中です!

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