米英はウクライナ人を「人間の盾」にしてロシアと戦っているのか【中田考】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

BEST TiMES(ベストタイムズ) | KKベストセラーズ

米英はウクライナ人を「人間の盾」にしてロシアと戦っているのか【中田考】

ロシアのウクライナ侵攻 その認識における「地域研究」の問題性【中田考:集中連載第3回】


「“安倍総理暗殺と統一教会”で露わになった“日本人の宗教理解の特性”」について、イスラーム法学者中田考氏がBEST TIMESに寄稿した論考【前編】後編】が話題だ。一方で、ロシアのウクライナ侵攻は「知(学問)の現場」における由々しき問題を露呈させている、と語る。それはいったいどういうことなのか? 宗教地政学の視点からロシアのウクライナ侵攻について書き下ろした書『中田考の宗教地政学から読み解く世界情勢』の発売(10/7)が待たれるなか、今回最新論考全4回を集中連載で配信する。第3回を公開。


バイデン大統領

 

 

【14.アメリカの世界戦略とウクライナ】

 

 話が横道にそれました。どのようにロシア、英米、ヨーロッパが破綻国家ウクライナを利用しようとし、その結果がどうなったのか、トッドの説明に戻りましょう。

 冷戦後のアメリカの戦略的目標は、(1)ロシアの解体と、(2)冷戦時代の対立構造を利用したロシアとヨーロッパの統合の妨害でした。言い換えればユーラシアの再統合の阻止です。つまりウクライナを西欧の側に併合し、ウズベキスタンを利用して中央アジアをロシアの影響圏から離反させることによって、ロシアに止めをさし、ロシアの核心部の解体をもたらすのです。そしてこの二つの戦略目標を共に満たすために選ばれたのがウクライナだったわけです。(7172頁)

 冷戦終了後になぜアメリカが遠く離れた「ユーラシアの再統一」の阻止を戦略目標に掲げたかというと、世界の人口と経済活動の主要部分は、ユーラシアに存在しており、アメリカ(72頁)国民の生活水準を維持するために不可欠な商品とカネは、ヨーロッパと日本から流入する仕組みになっているからです。

 要するに、ヨーロッパとロシアの接近、日本とロシアの接近、つまりユーラシアの再統一は、アメリカの戦略的利益に反するのです。そこで平和的関係が築かれてしまえば、アメリカが「用済み」になってしまうからです。

 NATOや日米安保はドイツや日本という「同盟国」を守るためのものというよりも、一義的にはアメリカの支配力を維持し、とくにドイツと日本という重要な「保護領」を維持するためのものです。アメリカが「反ロシア」という立場に立つ主要な動機は、ドイツと日本をロシアから遠ざけ、アメリカ側に引き留めることにありました(71-74頁)。

 そこでアメリカとイギリスは高性能の兵器を送り、軍事顧問団を派遣し、ウクライナを武装化し、ウクライナをNATOの「事実上(de facto)の加盟国」にしていました。ウクライナ軍がロシアの侵攻に健闘しているのは、ウクライナ軍の士気の高さもありますが、なによりも英米の軍事支援によります。

 

【15.ロシアのウクライナ侵攻とその誤算】

 

 国境までNATOが拡大することを国家の死活にかかわる安全保障上の脅威とみなし、それを認めないとロシアは警告していました。しかし米英は度重なるロシアの警告を無視し、ウクライナを軍事支援、武装化し、ウクライナをNATOの「事実上(de facto)の加盟国」に仕立て上げてロシアを挑発しました。英米の挑発がロシアのウクライナ侵攻を招きました(18頁)。そしてそれに対して、ロシアはウクライナのテロリスト「ネオナチ」掃討のための特別軍事作戦という「事実上(de facto)の戦争」によって応えたというわけです。

 トッドによると、ロシアも英米も見込み違いをしていました。ロシアの過ちは、ガリツィアの「殆どポーランド人」のネオナチだけでなく、ロシア正教徒である「真のウクライナ人」までもがロシアの平等概念を重んじる秩序だった権威主義的社会と異なり、ある意味で西欧に近い個人主義的な社会であり、ロシア世界に「戻る」ことを拒否し、ロシアの侵攻に頑強に抵抗することを予想していなかったことです。ロシアが強硬に出るほど、ウクライナ人たちはむしろ「反ロシア」にアイデンティティを見出すようになり、ナショナリストでニヒリストの武闘派になりました。皮肉なことに「自分の国のために死ぬこともできる」ほどの反ロシア感情が崩壊国家ウクライナを建て直し、ネーションのために生きる意味を与えることになったのです(52-53頁)。

 

【16.ウクライナにおける代理戦争】

 

 欧米は一枚岩ではありません。アメリカとイギリスはウクライナを武装させたのみならず、軍事協力をしており、ロシアの侵攻を把握していました(147頁)。しかしヨーロッパは違いました。ヨーロッパ人は「ポスト歴史」の時代を生きており、真のヨーロッパ人は武器をもって戦わないと信じていました。その意味で実際に戦ったウクライナ人はロシア人であり、この戦争が暴力的なのは「ソ連の内戦」だから、ということになります。

 米英もウクライナを武装化しロシアの侵攻を予想していましたが、中部ウクライナがその意味で「ロシア人」であり、武器を取って戦うとは予想していませんでした。ウクライナ人は米英が自分たちを守ってくれると思っていましたが、ロシアの侵攻が始まると米英の軍事顧問団はポーランドに避難してしまいました。ウクライナ人は米英が置いていった武器をもって自ら戦わざるをえなくってしまいました。要するに米英はウクライナ人を「人間の盾」にしてロシアと戦っているのです(34,55頁)。

 

 《2022年5月3日、バイデン大統領は、ジャベリンの製造工場を訪問して、「あなた方のおかげで、ウクライナ人は自らを防衛することができている。ロシア兵と戦うために米兵を送り、第三次世界大戦となるリスクを冒さずに済んでいる」と従業員らを激励し、ウクライナ支援を継続するために、330億ドル(約4.3兆円)の追加予算を早期に通すよう米議会に訴えました。まさにアメリカは、武器だけ提供し、ウクライナ人を『人間の盾』にしてロシアと戦っているためです。》[1]

 

 ウクライナが欧米に対して居丈高に武器、財政援助を要求するのも、欧米が甘言を弄してロシアの弱体化のためにウクライナを利用しておきながら、いざロシアが侵攻しウクライナが戦場になると、ウクライナ人だけに犠牲を強いて自分たちは高みの見物を決め込んでいる、との怒りからです。ゼレンスキー大統領が世界各地を相手に演説し、「次に狙われるのはあなただ」と訴えてヨーロッパを戦争に引き入れようとしているのも、欧米がそれに怒り出さず唯々諾々と応じているのも、その後ろめたさからです(3475頁)。

 ロシアのウクライナ侵攻の原因と責任はアメリカ、NATOにあり、この戦争はロシアにとって死活的に重要なので軍事的に窮地に陥るほどいっそう攻撃的、暴力的になる、とのアメリカの国際政治学者ミアシャイマーの見解にトッドは同意します。しかしこの戦争がロシアにとっては死活的に重要あるがアメリカにとっては優先度が低く遠い問題で死活的ではないため、ロシアが勝利するとのミアシャイマーの見解は誤っていると言います。アメリカが勝つ、ということではありません。

 むしろロシアの勝利を阻止できなかったとしたらアメリカの威信が傷つきアメリカ主導の国際秩序が揺るがされることになるため、この戦争はアメリカにとって死活的に重要であり、負けることができず、足抜けができなくなり長期化する、ということです。アメリカは、軍事と金融の面で世界的な覇権を握るなかで、実物経済の面では、世界各地からの供給に全面的に依存しています。しかしこのシステム全体が崩壊する恐れがあります。中国に支援された「ロシアの経済的抵抗」によって、アメリカ主導の国際秩序が窮地に陥ることを恐れているのです。ウクライナ問題は、アメリカにとっても「死活問題」になっているのです。(26, 141頁)

 

【注】

[1] トッド『第三次世界大戦はもう始まっている』204頁。

 

次のページ17.戦時情報戦

KEYWORDS:

 

※上のPOP画像をクリックするとAmazonサイトにジャンプします

■目次■
序 タリバンの復活とアメリカの世紀の終焉
第I部:タリバン政権の復活
第1章 タリバンについて語る
第2章 アフガニスタンという国
第3章 アメリカ・タリバン和平合意
第4章 イスラーム共和国とは何だったのか
第5章 タリバンとの対話
第6章 タリバンとは何か
第7章 タリバンに対する誤解を超えて
第8章 タリバンの勝利の地政学的意味
第9章 タリバン暫定政権の成立
第10章 文明の再編とタリバン

第II部:タリバンの組織と政治思想
第1章 翻訳解説
第2章 「イスラーム首長国とその成功を収めた行政」(翻訳)

1.国制の法源
2.地方行政の指導理念
3.地方行政区分
4.村落行政
5.州自治
6.中央政府と州の関係
7.中央政府
8.最高指導部
9.最高指導者
10.副指導者
結語

第3章 「タリバン(イスラーム首長国)の思想の基礎」(翻訳)

1.タリバン運動の指導部とその創設者たちのイスラーム理解
2.思想、行状、政治、制度における西欧文明の生んだ退廃による思想と知性の汚染の不在
3.国際秩序、国連、その法令、決議等と称されるものに裁定を求めないこと
4.アッラーの宗教のみに忠誠を捧げ虚偽の徒との取引を拒絶すること
5.領主と世俗主義者の指導部からの追放と学者と宗教者の指導部によるその代替
6.民主主義を現代の無明の宗教とみなし信仰しないこと
7.一致団結と無明の民族主義の拒絶
8.純イスラーム的方法に基づくイスラームの実践
9.政治的制度的行動の方法において西洋への門戸の閉鎖
10.女性問題に関する聖法に則った見解
11.ジハードとその装備

跋 タリバンといかに対峙すべきか

解説 欧米諸国は、タリバンの何を誤解しているのか? 内藤正典

付録 アフガニスタンの和平交渉のための同志社イニシアティブ

オススメ記事

中田 考

なかた こう

イスラーム法学者

中田考(なかた・こう)
イスラーム法学者。1960年生まれ。同志社大学客員教授。一神教学際研究センター客員フェロー。83年イスラーム入信。ムスリム名ハサン。灘中学校、灘高等学校卒。早稲田大学政治経済学部中退。東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。カイロ大学大学院哲学科博士課程修了(哲学博士)。クルアーン釈義免状取得、ハナフィー派法学修学免状取得、在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、山口大学教育学部助教授、同志社大学神学部教授、日本ムスリム協会理事などを歴任。現在、都内要町のイベントバー「エデン」にて若者の人生相談や最新中東事情、さらには萌え系オタク文学などを講義し、20代の学生から迷える中高年層まで絶大なる支持を得ている。著書に『イスラームの論理』、『イスラーム 生と死と聖戦』、『帝国の復興と啓蒙の未来』、『増補新版 イスラーム法とは何か?』、みんなちがって、みんなダメ 身の程を知る劇薬人生論、『13歳からの世界制服』、『俺の妹がカリフなわけがない!』、『ハサン中田考のマンガでわかるイスラーム入門』など多数。近著の、橋爪大三郎氏との共著『中国共産党帝国とウイグル』(集英社新書)がAmazon(中国エリア)売れ筋ランキング第1位(2021.9.20現在)である。

 

この著者の記事一覧

RELATED BOOKS -関連書籍-

宗教地政学から読み解くロシア原論
宗教地政学から読み解くロシア原論
  • 中田 考
  • 2022.10.19
タリバン 復権の真実 (ベスト新書)
タリバン 復権の真実 (ベスト新書)
  • 中田 考
  • 2021.10.20