統一教会による金銭トラブルは「日本人の宗教観」に由来する理由【中田考】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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統一教会による金銭トラブルは「日本人の宗教観」に由来する理由【中田考】

ハサン中田考が語る「安倍暗殺と統一教会」《特別寄稿:後編》

 

■日本社会は、政治優位の多宗教共存型の世俗社会

 

 日本の宗教の場合は、日本社会自体が、政治優位の多宗教共存型の世俗社会であり、排他的な「原理主義」的宗派はもともと数も少なく勢力も弱く、中でも「狂信的カルト」と呼ばれるような教団は「普通の市民」には可視化されていません。しかし欧米では学界やメディアでは世俗主義者がヘゲモニーを握っているとはいえ、排他的なキリスト教「原理主義的」各宗派は社会の中で国政を左右するだけの大きな勢力を占めています。中でもアメリカでは、進化論と聖書の創造論に関するギャロップ社の世論調査でも過去40年にわたって創造論者が40%近くを維持しています(鵜浦裕「『創造 vs 生物進化』論争の再評価」『文京学院大学外国語学部紀要』第172017137頁参照)。

 つまり欧米では日本とは違って、キリスト教の「純粋な信者」原理主義者は社会を二分するほどの大勢力であり、世俗主義者とヘゲモニー闘争中であり、神学的に洗練された独自の宗教政策綱領を持つばかりかそれを政策に反映させる力があり実際にそのために活発な運動を繰り広げています。そしてヘゲモニー闘争、情報戦の当事者どうしですので、世俗主義の側に立つ学界とメディアの宗教「原理主義」についてのナラティブは中立的ではなく、存在しないものとして黙殺したり、逆に危険を誇大し悪魔化したり、「原理主義」の蔑称でステレオタイプに落とし込み過小評価したり、としばしば実像を歪めているので注意が必要です。

 そもそも「原理主義」の語は、英語のfundamentalismの訳語ですが、ファンダメンタリズムとは19世紀中葉に「空前絶後の文化支配を達成しアメリカ社会の諸制度に浸透した」福音主義が、1870年代から1920年代にかけて起こった社会的・文化的大変動に伴い、モダニズムとファンダメンタリズムに分裂し、前者が20世紀アメリカ文化の主流を築いていったのに対してそれから排除されたものを指しました(山本貴祐「ファンダメンタリズムと宗教多元主義の相互作用」『広島経済大学研究論集』第18巻3号1-2頁)。

 その「ファンダメンタリズム」の語がアメリカを「大悪魔」と呼んで敵視したイラン・イスラーム革命(1979年)後、イスラーム主義の政治運動に対しても転用されるようになったのが日本に輸入され、それ以降、日本ではそれまでの「根本主義」の訳語にかわって「原理主義」と訳されるようになり、主に政治的イスラーム主義に対する蔑称として定着することになりました(小原克博・中田考・手島勲矢『原理主義から世界の動きが見える』2006年)。

 非西欧の「原理主義」については後述しますが、欧米、特にアメリカのキリスト教「原理主義」については、一見すると、日本の世俗的宗教観との類推からアメリカの学界やメディアで主流の近代主義、世俗主義的ナラティブを無批判に受け入れても大きな問題はなさそうに思えます。しかし一般に異端とみなされる統一教会とその分派のサンクチュアリーでさえも、上述のようにCIAの分析官が、自分たちが生み出しながらコントロールが効かなくなった例としてあげているほどであり、社会的影響力にとどまらず、共和党、トランプ支持者の間で存在感を示していることからも分かるように、政治にも影響力を及ぼしています。日本のカルトと類推すれば実態を見誤ることになります。

 現在の日本人の世俗的宗教観を日本以外の宗教に投影して類推することの問題点を、欧米、とくにアメリカと、非欧米、特に発売予定の『中田考の宗教地政学から読み解く世界情勢(仮)(イースト・プレス)のテーマであるロシア世界に分けて以下に略述しましょう。

 まずは欧米からです。日本は明治維新以来、脱亜入欧を目指し、欧米の強い影響下にあり、特に第二次世界大戦後はアメリカの占領下で多くの宣教師が来日しましたが、今もキリスト教徒は人口の1%以下に満ちません。アメリカのキリスト教の日本への宗教的影響もキリスト教をはじめとする日本の諸宗教のアメリカに対する宗教的影響はほとんどなく、その意味では欧米のキリスト教に対する正しい理解の欠如は研究者にとっては学問的に問題であっても、一般の日本人にとってはどうでもよいことです。

 しかし第二に世界大戦後の日本は冷戦後西側陣営に組み込まれて以来、日本はG7の一国として西欧の、日米安保条約によってアメリカの属国となっているため、日本は欧米の国際政治戦略に否応なく組み込まれており、欧米のキリスト教によって日本は大きな影響を受けることになります。その意味では欧米のキリスト教理解は日本にとって必要です。

 二つだけ例を挙げましょう。

 最初の例は1990年のイラクのクウェート侵攻によって始まった湾岸戦争です。日本はアメリカから要請を受けて当初10臆ドルの拠出を申し出ましたがアメリカの強い不満に直面し最終的に130臆ドルを拠出させられることになりました(中西寛「湾岸戦争と日本外交」2011126日付nippon.com)。ところがこの戦争はアラブの民衆の多くは欧米がイスラームの聖地アラビア半島に軍事基地を設けて文化植民地化しよう企む宗教戦争とみなしました。このアメリカ軍のアラビア半島進駐を直接のきっかけにウサーマ・ビン・ラーディンが「十字軍・シオニストの連合」に対するジハードを宣言し、それが2001911日のアメリカ同時多発攻撃につながりました。

 第二の例は、それに対する報復としてアメリカ軍を中心とする多国籍軍のアフガニスタン侵攻で、ウサーマ・ビン・ラーディンを庇護するタリバン政権を崩壊させることになりました。そして軍事占領したアフガニスタンにイスラーム法に基づく統治を禁じ、アメリカの軍事侵攻の被害からの「復興」の名の下に西欧キリスト教文化の政教分離を押し付けましたが、その第一回の会合は2002年に東京で開催され50臆ドル弱の予算のうち5億ドルが日本の負担とされ、日本は最大のドナー国になっています。どちらも当時の米大統領に対する宗教右派と呼ばれるキリスト教「原理主義者」たちの支持によって可能になりました。

次のページ日本は、欧米の宗教色の強い政策に巻き込まれその財布される国

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中田 考

なかた こう

イスラーム法学者

中田考(なかた・こう)
イスラーム法学者。1960年生まれ。同志社大学客員教授。一神教学際研究センター客員フェロー。83年イスラーム入信。ムスリム名ハサン。灘中学校、灘高等学校卒。早稲田大学政治経済学部中退。東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。カイロ大学大学院哲学科博士課程修了(哲学博士)。クルアーン釈義免状取得、ハナフィー派法学修学免状取得、在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、山口大学教育学部助教授、同志社大学神学部教授、日本ムスリム協会理事などを歴任。現在、都内要町のイベントバー「エデン」にて若者の人生相談や最新中東事情、さらには萌え系オタク文学などを講義し、20代の学生から迷える中高年層まで絶大なる支持を得ている。著書に『イスラームの論理』、『イスラーム 生と死と聖戦』、『帝国の復興と啓蒙の未来』、『増補新版 イスラーム法とは何か?』、みんなちがって、みんなダメ 身の程を知る劇薬人生論、『13歳からの世界制服』、『俺の妹がカリフなわけがない!』、『ハサン中田考のマンガでわかるイスラーム入門』など多数。近著の、橋爪大三郎氏との共著『中国共産党帝国とウイグル』(集英社新書)がAmazon(中国エリア)売れ筋ランキング第1位(2021.9.20現在)である。

 

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