「安倍暗殺と統一教会」で露わになった「日本人の特殊な宗教理解」とは【中田考】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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「安倍暗殺と統一教会」で露わになった「日本人の特殊な宗教理解」とは【中田考】

ハサン中田考が語る「安倍暗殺と統一教会」《特別寄稿:前編》

 

■選挙における集票マシーンとして利用できるか否か

 

 また宗教と政治の関係も、日本だけを考えても歴史を通観するならば、多種多様であったことがわかります。神話的な巫王であった天照大神の子孫とされる「血統カリスマ」天皇が排仏派を粛正し仏教を導入した例(丁未の乱)や、宗教指導者が武士に替わって教団国家を樹立しようとした一向一揆や島原の乱などもありました。

 しかし「徳川の平和」以降は、政治優位の多宗教共存型が確立されました。そこでは宗教は権力に逆らわず、政治問題には口を出さず、現世利益を求める世間の価値観にも逆らわず、教義には深入りせず真理の探究は棚上げするようになります。信徒の善男善女は他の宗教、宗派の信徒とは争論せず、慣習に従って棲み分けそれぞれの祭礼に参加します。

 世間の価値観が江戸時代の中華文明の周辺文明の封建的身分制なものから、大日本帝国の富国強兵の帝国主義・軍国主義、敗戦後の対米従属の資本主義、自由民主主義に替わっても、こうした日本人の宗教観は変わっていません。そして国内的に排外主義右翼化、保守化が進む一方で、対外的にはLGBTSDGsなど欧米の流行への追随傾向も加速しつつある21世紀の日本人の宗教観もこの延長上にあります。

 西欧の「政教分離(教会と国家の分離:separation of church and state)」を前提とする「世俗主義」とは大きく異なりますが、日本のこの宗教観も一種の「世俗主義」と言うことができます。「現実主義(プラグマティズム)」の一種と言った方が良いかもしれません。形而上学やイデオロギーも含む広い意味での宗教的理念を「漢意」、「さかしら心」、「言挙げ」として嫌う生理的な不信感、軽蔑と、「鰯の頭も信心から」の諺に表現されるような社会の潤滑油、精神安定剤的な効能がある限りにおいて認めても良い、といった「上から目線」の便宜主義的容認の組合せが江戸時代に育まれた日本的「世俗主義」「現実主義」の宗教観です。そしてこれは日本では所謂「一般庶民」だけでなく、政治家や学者にも共有されており、この宗教観を正しく自覚していなくては、安倍暗殺問題も正しく理解することはできません。

 岸や安倍は、統一教会の宗教的側面は知っていながら、国際勝共連合との関係を日本の政治優位の多宗教共存体制の枠組で解釈し、宗教は政治の金集めの手段の口先だけの建前の空疎な言葉なのでどうでもよく、選挙における集票マシーンとして利用できるなら問題ないと考えて、反共や保守的家族観や愛国など自民党が気に入りそうなスローガンだけ見て利用しようとしたのでしょう。それは神道を中心に仏教や新興宗教の有力者が名を連ねる日本会議などとの関係においても同じものです。

 身も蓋もない言い方をすれば、安倍は選挙における集票マシーンとして統一教会の政治的利用価値だけを考えていたのでしょう。奇しくも安倍暗殺と時を同じくして30年ぶりにその指導者が来日していた、見るからに「ヤバい」その分派「サンクチュアリー」の存在も含めて、宗教としてのその信者たちの「本気(ガチ)度」、活動の「危険性」、信者の親族たちへの「迷惑」を過小評価していた、要するに統一教会を「ナメて」いたために、白昼にSPの護衛の前で統一教会を恨む二世信者に殺される羽目に陥った、ということです。

 しかし安倍の「油断」を責めるのは少し酷です。というのは、安倍だけではなく、自民党と統一教会の癒着は、ジャーナリストの有田芳生(参議院議員)のように統一教会について事件前から長年にわたって発信し続けている者もおり、知る人ぞ知る有名な話でしたが、事件後は「後出しじゃんけん」のように統一教会の悪行と自民党との癒着を言い立てるマスメディアも事件前には癒着批判のキャンペーンなどは行っておらず、有力な集票マシーンである宗教団体の一つである統一教会との関係を自粛するインセンティブは安倍にはなかったからです

 宗教団体と政治との癒着は政治優位の多宗教共存型の世俗社会である日本では取り立てて問題とするほどのスキャンダルではなく、有力な集票マシーンである宗教団体との関係によって見込まれる議席獲得のメリットを捨ててまで絶縁しようと思わなくとも不思議はありません。

 ですから安倍暗殺の本当の問題は、統一教会のような「カルト教団」との交際を隠さなかった政治家としての「脇の甘さ」、「節操の無さ」といった個人的な資質ではありません。

 つまり形而上学やイデオロギーを含む宗教的なものの理念を見下し、その「純粋な」信徒を常識的な現世の利害考量で生きる人々(世間)の「空気」を読まない「異物」とみなし、世間の我慢の限界を超えて目障りになるか、武力よる体制転覆を公然と企てでもしない限り、「臭い物に蓋をする」ように見て見ぬふりをする庶民から、政治家、ジャーナリスト、研究者にまで共通するマインドセットこそが真の問題なのです。

 

(後編につづく)

 

文:中田考

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中田 考

なかた こう

イスラーム法学者

中田考(なかた・こう)
イスラーム法学者。1960年生まれ。同志社大学客員教授。一神教学際研究センター客員フェロー。83年イスラーム入信。ムスリム名ハサン。灘中学校、灘高等学校卒。早稲田大学政治経済学部中退。東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。カイロ大学大学院哲学科博士課程修了(哲学博士)。クルアーン釈義免状取得、ハナフィー派法学修学免状取得、在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、山口大学教育学部助教授、同志社大学神学部教授、日本ムスリム協会理事などを歴任。現在、都内要町のイベントバー「エデン」にて若者の人生相談や最新中東事情、さらには萌え系オタク文学などを講義し、20代の学生から迷える中高年層まで絶大なる支持を得ている。著書に『イスラームの論理』、『イスラーム 生と死と聖戦』、『帝国の復興と啓蒙の未来』、『増補新版 イスラーム法とは何か?』、みんなちがって、みんなダメ 身の程を知る劇薬人生論、『13歳からの世界制服』、『俺の妹がカリフなわけがない!』、『ハサン中田考のマンガでわかるイスラーム入門』など多数。近著の、橋爪大三郎氏との共著『中国共産党帝国とウイグル』(集英社新書)がAmazon(中国エリア)売れ筋ランキング第1位(2021.9.20現在)である。

 

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