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とにかく頭を下げる文化について 【 森博嗣 「静かに生きて考える」 連載第12回 】

森博嗣「静かに生きて考える」連載第12回

 

【機嫌を取ることだけに神経をすり減らす人たち】

 

 もう一つ、例を挙げてみよう。出版社の担当編集者は、作家の相手をする窓口なのだが、頻繁に人が入れ替わる。このとき、「引継ぎ」というものをほとんどしない。だから、新しい担当者に毎回同じことを説明し、どのように仕事を進めるか、細かい指示をしなければならない。そのうち、この引継ぎ用のリストをこちらで用意するようになった。郵便物はどこへ送る、ゲラ校正の手順はこうする、といった事務的なことから、細かいことでは文章上のルールなども校閲者に伝えなければならない(最近は、付き合う出版社を激減させたおかげで、このような面倒は減っている)。

 何度か担当者に、作家固有のルールなどをデータにして、次の担当者へ引き継げるような仕組みを出版社として作りなさい、と話してみたが、今のところそういったシステムは構築されていないようだ。今日も、ある出版社から20年もまえの住所へ書類を送ったが戻ってきた、と連絡があったし、また別の出版社では、海外翻訳本のカバー見本で、僕の名前の表記が、MORI Hiroshiになっていなかった(僕が海外翻訳の契約時に提示する条件は2つしかなく、その1つが名前の表記である)。いずれも、担当者が途中で交代し、情報が伝わっていなかった結果である。僕は、まったく腹も立てず、こういったときに送る文面を用意してあるので、それをコピィして返送しただけだ。

 「営業」と呼ばれる人たちは、仕事相手の機嫌を取ることが仕事らしい。僕は機嫌を取ってもらいたいなんて思っていない。きちんと作業をしてもらえれば良い気分になるかもしれないが、それは仕事の成果ではない。一方、仕事上のミスで腹が立つことはあるけれど、迅速で的確なリカバをしてくれればそれで良い。僕の腹の虫をおさめることは、担当者の仕事ではない。

 話は少しずれるけれど、社会的な問題を解決するときも同じだ。マスコミは、当事者に謝罪させようとする。「視聴者は謝罪を求めている」と言わんばかりの振舞いが散見される。謝ってもらってもしかたがないし、謝罪するところを見せられても意味はない。それは解決ではない。そんな暇があったら、そのミスが起こらない方策を早急に決定すべきである。謝るよりもさきに対策を実施してほしい。マスコミもそういった指摘をし、そこを監視することが使命だろう。謝ったかどうかといった問題は、本来二の次なのだ。

 最後にまた蛇足。「森博嗣が怒っている」とよく書かれるし、今回の内容でも言われそうだ。実際、全然怒っていない。この程度で怒らない。正直、ここ10年ほど怒ったことがない。ただ、怒った振りをすることはある。怒った振りをしないと、真剣に受け止めてくれない鈍感な人たちがいるためだ。今日は、ドライブもしたし、犬とも遊んだし、ランチはバーベキューだったし、模型でも遊べたし、新しい工作も始めた。楽しい一日だった(にこにこ)。

 

書斎の壁2面は窓。椅子の真上に天窓も。鳥やリスの観察に適し、双眼鏡と顕微鏡もある。コンピュータ5台はすべてノート型。大きいモニタは2つ。

 

文:森博嗣

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森博嗣

もり ひろし

1957年、愛知県生まれ。小説家、工学博士。某国立大学工学部助教授として勤務する傍ら、96年『すべてがFになる』で第一回メフィスト賞を受賞し、作家デビュー。以後『イナイ×イナイ』から始まるXシリーズや『スカイ・クロラ』など多くの作品を執筆し、人気を博している。ほかにも『工作少年の日々』『科学的とはどういう意味か』『孤独の価値』『本質を見通す100の講義』『作家の収支』『道なき未知』『アンチ整理術 Anti-Organizing Life』など著書多数。最新SF小説『リアルの私はどこにいる? Where Am I on the Real Side?』、森博嗣著/萩尾望都原作『トーマの心臓 Lost heart for Thoma』が好評発売中。9月21日に『新装版-ダウン・ツ・ヘヴン - Down to Heaven 』が発売予定。

 

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