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新保信長『食堂生まれ、外食育ち』【11品目】大盛りはうれしくない

【隔週連載】新保信長「食堂生まれ、外食育ち」11品目

 店内も特に変わったところはない。メニューも普通で、食べ物はカレー、オムライス、ピラフ、ミートソース、ナポリタンといったところ。その日は何となくピラフを選んだ。待つことしばし、出てきたブツを見て我が目を疑う。

 壁だった。大きな皿にピラフの壁がそそり立っている。高さにして10センチ以上は余裕であっただろう。幅は皿の直径ギリギリ。壁の向こうには山盛りの千切りキャベツが鎮座していた。これで普通盛り? 「しまった」と思うより先に笑ってしまう。白いごはんなら手をつける前に減らしてもらうこともできるかもだが、ピラフではそうもいかない。心を無にして、ひたすら食うべし、食うべし、食うべし!

 しかし、食っても食っても減らないんだ、これが。登っても登っても8合目に着かなかった富士登山を思い出す。そういえば名古屋の名物喫茶店「マウンテン」の山盛り変態メニューに挑戦するのを「登山」と呼ぶらしいが、この店のピラフも私にとってはアイガー北壁みたいなものだった。とはいえ、ベルリンの壁だって崩れたんだから、あきらめたらそこで試合終了だ。食べ続けていれば、やがて希望が見えてくる。半分を過ぎたあたりから、不思議と減りが早く感じる。まだ多少は若くて元気だったこともあり、何とか完食に成功した。

 お腹はパンパンで、しばらく動きたくない、というか動けない。食後のコーヒーをちびちび飲みながら、こなれるのを待つ。そうこうしているうちに、カランカランとドアベルを鳴らして新規客が入ってきた。「どこのラグビー部ですか?」と聞きたくなるような男子2人組。そして、彼らが注文したのはカレーとオムライスの「大盛り」だった。

 運ばれてきたのは、大皿いっぱいのビッグマウンテン。壁×2ぐらいのボリュームだ。これを食うのか!? と驚嘆する私の視線など気にも留めず、彼らはブルドーザーのような勢いで山を切り崩していく。「登山」ではなく「開発」という言葉が頭に浮かぶ。このパワーにはとてもじゃないが太刀打ちできない。生物としての何かが根本的に違う。彼らがペロリと平らげるのを見届けてから店を出た私は、謎の敗北感に包まれていた。

 

文:新保信長

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新保信長

しんぼ のぶなが

流しの編集者&ライター

1964年大阪生まれ。東京大学文学部心理学科卒。流しの編集者&ライター。単行本やムックの編集・執筆を手がける。「南信長」名義でマンガ解説も。著書に『国歌斉唱♪――「君が代」と世界の国歌はどう違う?』『虎バカ本の世界』『字が汚い!』『声が通らない!』ほか。南信長名義では『現代マンガの冒険者たち』『マンガの食卓』『1979年の奇跡』など。新刊『漫画家の自画像』(左右社)が絶賛発売中です!

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