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新保信長『食堂生まれ、外食育ち』【11品目】大盛りはうれしくない

【隔週連載】新保信長「食堂生まれ、外食育ち」11品目


「食堂生まれ、外食育ち」の編集者・新保信長さんが、外食にまつわるアレコレを綴っていく好評の連載エッセイ。ただし、いわゆるグルメエッセイとは違って「味には基本的に言及しない」というのがミソ。外食ならではの出来事や人間模様について、実家の食堂の思い出も含めて語られるささやかなドラマの数々。いつかあの時の〝外食〟の時空間へーー。それでは【11品目】「大盛りはうれしくない」をご賞味あれ!


イラスト:おくやま ゆか

 

【11品目】大盛りはうれしくない

 

 神保町の喫茶店で打ち合わせが終わったのが午後2時前。さて遅めの昼メシを食うか、ということで久しぶりにスマトラカレーで有名な店に向かう。お昼のピーク時には行列必至の人気店だが、時間帯的に混雑もなくすんなり入ることができた。

 メニューは、ポーク、チキン、エビ、ビーフ、タン、ハヤシの6種類。ちょっと迷ったが、この日はポークを選ぶ。先にスープが出てきて、ほんの2分もしないうちにライスと銀のポットに入ったカレーが運ばれてくる。実にスピーディで気持ちがいい。

 が、目の前に置かれたライスの皿を見て「あ、しまった!」と心の中で叫ぶ。ライスの量が多いのだ。前に来たときも思った気がするが、ずいぶん久しぶりなので忘れていた。このボリュームがうれしい人もいるだろうけど、私には多すぎる。こんなことなら注文時に「ごはん少なめで」と言えばよかった。あらためてメニューを見てみると、ライスは「普通/Regular¥0 中/Medium+¥60 大/Large+¥110」の3種類で「小/Small」の表示はない。普通でこの量なら、大はどんだけあるのか。

 周りに大を頼んでいる人がいなかったのでわからないが、私のあとに入ってきた若い男女2人組に店員が「ライスは普通でよろしいですか?」と尋ねていた。2人とも「はい、普通で」と答えていたが、たくさん食べそうな若い人には確認するのだろうか。私にも聞いてくれれば、「あ、少なめでお願いします」と言えたのに……などと思いつつ食べ進む。辛さのなかに独特の苦みと旨みが溶け込んだカレーはおいしかったが、案の定ライスは食べきれず少し残してしまった。無念……。

 隣のテーブルの60代後半ぐらいの男性も半分近く残していて、「やっぱ多いですよねー」と心の中で握手を求める。一方、連れの女性(たぶん奥さん)のほうはほぼ完食していた。すごいなーと思ったが、別のテーブルに座った新規客の女性の注文を「エビ、ご婦人~」みたいに通していたので、もしかしたら女性客にはライスの量を減らしているのかもしれない。細やかな配慮とも言えるけど、その女性がギャル曽根だったらどうするのか。前述の男女2人組の場合は、女性でも若いから念のために聞いたの? どうせなら老若男女問わず、注文時に「ライスは普通でよろしいですか?」と聞いてほしい。

 まあ、今回は自分もうっかりしていたが、初めての店だと「普通」のごはんの量がわからないことが多い。学生や若いサラリーマン相手の定食屋なら、もう最初から「ごはん少なめで」と頼んでしまう。そういう店は「おかわり一回無料」みたいなサービスがあったりするので、もしも足りなければおかわりすればいい。逆にオシャレなカフェ的なところだと、標準量でも「え、これだけ?」みたいなこともあるので、兼ね合いが難しい。そもそも「普通」とは何か――などと、哲学的方向に思考が飛びそうになる。

 その点、ごはんの量をメニューに明記してくれている店はありがたい。最近お気に入りの下北沢のカレー屋は、「普通」が250グラム。そんなには食べられないので、いつも「小」150グラムを選ぶ。それより少ない「極小」100グラムというのもあるが、さすがにそれだと物足りない。本当は180グラムぐらいがちょうどいいのだが、わがままは言うまい。ちなみに「大盛り」は350グラムで、その上に「なまら盛」450グラムというのがある(北海道発祥の店らしい)。こんなの誰が食べるんだ、と思っていたら、体格もファッションもスギちゃんみたいなおにいさんが食べていて納得した。

「いや、450グラムぐらい軽いっしょ」という人は、スギちゃん以外にもいるだろう。しかし私は、カレーに限らず「大盛り」というものを頼んだことがない。50代の今はもちろん、人生で一番食欲があるはずの高校・大学時代にも記憶にない。「おかわり」なら「少しだけください」と言ったことはある。が、最初から大盛りを頼むのはリスクが大きい。食べ物を残すのに罪悪感があるので、“大盛りを頼んでおきながら残す人”になってしまったら恥ずかしいし、お店の人にも申し訳ないと思うのだ。

 そこで恐ろしいのは、デフォルトで大盛りの店である。そういう店はだいたい雰囲気でわかるので避けるようにしているが、たまに油断しているとトラップに引っかかる。今までで一番「やられた!」と思ったのが、20年以上前に出先で入った喫茶店だ。外観はパステル調で、明るい感じの普通の喫茶店。駅まで戻る途中にラーメン屋や焼き肉屋があるのは確認済みだったが、コーヒーを飲みたい気分もあり、「ここでいいや」と入ったのだった。

 

次のページ待つことしばし、出てきたブツを見て我が目を疑う

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新保信長

しんぼ のぶなが

流しの編集者&ライター

1964年大阪生まれ。東京大学文学部心理学科卒。流しの編集者&ライター。単行本やムックの編集・執筆を手がける。「南信長」名義でマンガ解説も。著書に『国歌斉唱♪――「君が代」と世界の国歌はどう違う?』『虎バカ本の世界』『字が汚い!』『声が通らない!』ほか。南信長名義では『現代マンガの冒険者たち』『マンガの食卓』『1979年の奇跡』など。新刊『漫画家の自画像』(左右社)が絶賛発売中です!

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