インプット過多の社会【森博嗣「静かに生きて考える」連載第8回 】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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インプット過多の社会【森博嗣「静かに生きて考える」連載第8回 】

森博嗣「静かに生きて考える」連載第8回

【なにもかもがキットやパックになった】

 

 僕は工作が大好きで、いつもなにかを作っている。常に新しいプロジェクトを計画し、そのための材料や情報を探している。完成するよりも、製作途中の方が面白いし、それ以前の構想も楽しい。考えを巡らすことも、手を使ってものを作る作業も、自分の躰を使ったアウトプットだ。疲労は伴うものの、スポーツなどと同様の爽やかさがある。

 このような楽しさは、他者には普通では伝わらない。完成したものを人に見せる機会がたまにあるけれど、伝わるのはほんの一部だ。ただし一部であっても、それに触れた人が楽しそうだと感じ、自分もやってみたい、と思う場合もある。

 けれど、どうすればそれができるのかわからない。プロセスは公開されないのが普通だった。このため、さまざまなハウツー本が出版され、その種の動画やブログが注目を集めるようになった。これらに触れた人たちは、こんなハウツー本を書いてみたい、こんな動画やブログを自分もやってみたい、と感じるらしい。実際に、どんどんアウトプット側へ回る人が増える。今の時代、一部にはその傾向が見られる。ただ、そのアウトプットはしだいに短くなり、どんどん下火になる。

 ハウツーを人に伝えることが「楽しさ」の本質だと勘違いしたことが原因である。ハウツーを語る行為は、あくまでも自己満足のほんの一部が溢れ出た結果にすぎない。

 そして、もっと大勢の人たちは、仕事、家庭環境、あるいは経済的理由などから、アウトプットできないでいる。そんな人たちの前に差し出されるのが、アウトプットのキット、あるいはパック(セット)である。

 誰でも簡単に、しかも失敗なく完成させられるように、すべてが取り揃えられ、難しい部分は完成済みだ。なにも悩む必要がない。短時間で完成できて、アウトプットをしたつもりになれる。満足感もそこそこ得られるだろう。

 その経験をきっかけに、本格的なアウトプットへシフトする人も、少数ながらいるので、入門としての価値がないわけでもない。現に、そう謳われている。

 問題は、このようなキットやパックが、フルセットのアウトプットといえるのか、という点である。本来のアウトプットとの差が著しい。はっきりいえば、冒険とパック旅行くらい差がある。雲泥の差だ。しかも、楽しさや満足度では、さらに格差が生じる。本人は気づきにくいのだけれど、組立て説明書のとおりにものを作る行為は、むしろインプットに近いものだからである。

 

7月になると、庭園はほぼ木陰になる。深い森の底にいるような感じ。夏でも「暑い」とは感じるほど高温にはならない。朝夕は上着が必要な気候。

 

文:森博嗣

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森博嗣

もり ひろし

1957年、愛知県生まれ。小説家、工学博士。某国立大学工学部助教授として勤務する傍ら、96年『すべてがFになる』で第一回メフィスト賞を受賞し、作家デビュー。以後『イナイ×イナイ』から始まるXシリーズや『スカイ・クロラ』など多くの作品を執筆し、人気を博している。ほかにも『工作少年の日々』『科学的とはどういう意味か』『孤独の価値』『本質を見通す100の講義』『作家の収支』『道なき未知』『アンチ整理術 Anti-Organizing Life』など著書多数。SF小説の最新刊『リアルの私はどこにいる? Where Am I on the Real Side?』が4月15日に発売。

 

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